会計・財務診断

根拠を固めて、値上げ交渉 ── 経費を積み上げれば、お願いは通る

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根拠を固めて、値上げ交渉 ── 経費を積み上げれば、お願いは通る

値上げの根拠資料の全体像。月次試算表・仕入先の単価表・自社の原価表の3つに、国の公表資料を足して1つの資料に組む図

原価は上がっている。でも、値上げは言えない。
取引先は1社で、売上の6割。前回の値上げは3年前。
言えないまま、作り続ける。作るほど、赤字が膨らんでいるのに。

そういう食品加工会社の値上げを、この夏に手伝いました。手元にあった表をAIに読ませるところからです。

結論を先に書きます。
根拠は、手元にあった3つの表と、国が公表している数字で組めました。
相手に「1月からしか無理」と言われたところから、部分的にでも前倒しをお願いできる形になりました。

この記事の主役は、その根拠資料をどう作ったか、です。
どの表から何が分かったか。何が手元に無かったか。相手が何を求めていたか。
順番に書きます。

食品加工会社、パラノイド惣菜の話

まちなかで、揚げ物を専門にした惣菜を作っている会社があります。仮に「パラノイド惣菜」としておきます。工場が16人、事務が3人。毎朝、地元のスーパーの店舗へ、その日の注文分を作って届けています。月商はおよそ2,500万円で、年商は3億円ほどです。

売上の6割が、そのスーパー1社です。

会社を切り盛りしているのは、跡を継いだばかりの30代の息子さんです。先代の急病で去年から会社に入り、経営も業界も1年目。ご本人の言葉を借りれば「会社の知識も業界の知識も営業の知識もない」ところからの出発でした。

現金は、11月に尽きる見込みでした。借入は止まっています。

相談に来られる前日、その方は事務の方と工場長と一緒に、スーパーの本部へ値上げをお願いに行っていました。返事は、こう伝えられていました。

「8月の値上げは無理。できるなら1月から」

年末商戦で忙しく、今から値上げを本部に通すのは無理だ、というのが理由でした。ただ、こうも言われたそうです。

「どうしても厳しいなら、数割かは前倒しも相談に乗らなくはない」

そして条件が1つ。前回の値上げから、仕入がどれだけ上がったかを出してほしい。

前回の値上げは3年前です。会社では事務の方が、当時の伝票を掘り返し始めていました。

相談は、営業の話で始まった

実は、この日の相談の題は「売上をどう上げるか」でした。値上げの資料は事務の方が作るから、今日はそれ以外の話を、という入りです。

新しいお客さんをどう探すか。同業者と組めないか。1時間のうち50分は、その話をしていました。工場は人手がぎりぎりで、工場長は「当日注文はこれ以上増やしたくない」という立場。新しい客先は、切り替えてもらうまでに時間がかかる。あとで振り返れば、どれも1番細い糸に全体重をかける打ち手でした。

最後の10分で、値上げの話に戻りました。

今作っているデータは、去年からの分です。前回の値上げが3年前だったので、そこから仕入がどれだけ上がったかを出してほしいと言われました。でも、3年前の資料はどこにあるのか、という話になって、今、伝票から掘り返しているところです。

私は、こう返しています。

では、それをやりましょう。まずはそちらです。そのほうが確実ですし、先方も「根拠資料を出してくれれば考える」と譲歩する様子でした。前倒しで一部だけの値上げも、資料があれば考えるというのなら、そちらで行きましょう。

新しいお客さんを探す話は、相手の都合で決まります。値上げの話は、相手が「資料があれば考える」と自分から扉を開けていました。急ぐなら、こちらでした。

面談の流れ。50分は営業の話、最後の10分で値上げの根拠資料づくりへ舵が切れた図

先方が「何を」求めているかが、まだ決まっていなかった

相手の言葉は「仕入がどれだけ上がったか」でした。

これは、単価の推移なのか。仕入金額の推移なのか。原価の計算なのか。決まっていません。相手の社内に様式があるのか、提出期限はいつか。それも分かっていませんでした。

ここを確かめずに作ると、作った後で手戻りになります。

資料を組み始めてから、一度つまずいています。AIは「3年前の単価を起点に、上がり幅を出す」形で組み始めていました。私は起点の年に不安があって、面談の文字起こしを読み直させています。

議事録をもう一度読んでほしい。いつの単価が要ると書いてありましたか。本当に3年前の単価が要ると書いてありましたか。

答えは、起点は合っている。私の不安は外れでした。ただしそのあとに、こう続きました。相手は「単価」とは一言も言っていない。「仕入がどれだけ上がったか」だ。単価表なのか、仕入金額の推移なのか、原価計算なのか、相手が何の形式を求めているかは、まだ誰も確認していない。

外れた不安が、別の穴を掘り当てた形です。

だから資料の形を決める前に、相手に確かめることを3つ書き出しました。単価か金額か。様式はあるか。いつまでか。相手の要望に合わせて作る、というのは、この3つを先に押さえることです。

相手に確かめる3つ。単価か金額か・様式はあるか・いつまでか、を並べた図

手元の表を、AIに読ませて分かったこと

会社から預かったファイルは17本。月次試算表、仕入先の単価表、発注記録、店舗別の単価表、それから「単価一覧」という名前のExcel。これをClaude Codeにフォルダごと読ませました。預かった原本には触らず、複製を読ませています。値上げの根拠に直接効いたのは、17本のうち4本でした。

① 月次試算表 ── 材料費だけが増えていた

今年の1〜5月を、前年の同じ期間と並べました。

項目 前年の同じ5か月との比較
売上 −4.7%
材料費 +8.9%
労務費 −9.0%
製造経費 −11.1%

売上が4.7%減っているのに、材料費は8.9%増えています。労務費は9.0%、製造経費は11.1%減りました。売上に対する材料費の割合は35%から40%へ、5ポイントの悪化です。

そして、人件費を9%、経費を11%削ったうえでの話です。「まず自分たちで削りました。それでも足りません」という順番で話せる。値上げのお願いで、いちばん強い形だと思います。

なぜ1〜5月で切ったかも書いておきます。6月以降は記帳が途中で、家賃にマイナスが立っている月や、計上が抜けている月がありました。6月まで入れて計算すると悪化はもっと大きく出ます。でも、記帳が確かな月で出す。相手に突かれない数字のほうが、大きい数字より強いからです。

月次試算表の前年比。売上は減っているのに材料費だけが増え、材料費率が35%から40%へ悪化した図

② 仕入先の単価表 ── 改定日と改定額が、もう書いてあった

事務の方が伝票を掘っていたのは、3年前の単価を出すためでした。

ところが、社内の単価表には、主な仕入先の「前の単価・後の単価・いつから」が、すでに書き込まれていました。鶏肉が5.8%、揚げ油が3〜5%、豚肉が12〜17%。春から夏にかけて、順に上がっています。

しかもこの表には、この秋からの値上げの予告が2件、書き足されていました。鶏肉がもう1段。包材が25%。

年間に直すと、すでに発生している分と秋の分を合わせて、およそ1,400万円。売上の5%弱です。

秋にもう1段来る。1月まで、それをかぶっては持たない。前倒しをお願いする根拠は、ここから出ました。

仕入先の単価表。前の単価・後の単価・いつからが書かれ、秋の予告2件が書き足されている図

③ 「単価一覧」というExcelが、実は原価の表だった

これが、いちばんの発見でした。

面談の場では、このExcelは「価格表」として机に出ていました。私も「それなら、原価が出るかもしれません」と言っただけで、中は見ていません。

その2時間後、AIが中の数式を開きました。名前は「単価一覧」。でも中身は、商品ごとに鶏肉が何グラム、豚肉が何グラムと入っていて、そこから材料費が自動で計算される表でした。肉のキロ単価は、1つのセルを全商品が参照しています。そこを直せば、全商品が一括で更新される作りです。

ということは、「鶏肉がキロあたりいくら上がったら、この商品は1パックいくら上がるか」が計算できます。

39品目で計算すると、平均で3%。秋の分を入れると6%でした。これは肉だけの計算です。油も包材も入っていないので、実際はもっと上がります。

相手が検算できる形です。「うちの原価が上がりました」ではなく、「御社に納めているこの商品は、この材料がこれだけ上がったので、1パックあたりこれだけ上がります」と言える。資料の主役になり得ます。

単価一覧のExcelの中身。商品ごとの肉の量に、1つのセルのキロ単価を掛けて材料費が出る仕組みの図

④ 店舗別の単価表 ── 同じ商品に、店ごとに違う値段

スーパーの店舗ごとの単価表を突き合わせると、同じ商品に、納める店舗ごとに別々の単価がついていました。

しかも、会社が用意していた「改定後の単価」は、ある店舗の今の単価と、67品目すべて一致していました。つまり、ある店舗はすでに新しい単価で買ってくれていて、別の店舗は古いまま。

これは「値上げしてください」ではなく、「同じ会社の中で新旧の単価が混ざっているので、そろえてください」という話にできます。年明けの予算とは別の枠で持ち込める可能性があります。

ただし、店舗ごとに仕様やロットが違わないか、確かめてからでないと出せません。違えば、単価差には理由があることになります。そもそも店舗の呼び名が何を指すのか、私はその時点では分かっていませんでした。

⑤ 会計データには、単価が残らない

途中で、私はAIにこう切り返しています。AIが「会計データを手に入れましょう」と言ってきたからです。

会計データで、これは解決しますか。仕入先別の台帳に、単価や数量は書いてありますか。書いてあればいいのですが、書いていないなら、別の場所を探さないといけません。

AIの答えは、こうでした。

仕入先別の補助元帳に載るのは、日付・摘要・金額・残高だけです。単価と数量は仕訳に載りません。

単価の在りかは、請求書・納品書・仕入先の改定通知の3つだけ。会計ソフトを開いても、この資料は出てきません。

会計データで取れるものと取れないもの。金額は取れるが単価は請求書・納品書・改定通知にしか無い図

手元に無いものを、はっきりさせる

分かったことより、分からなかったことのほうが大事です。ここが曖昧なまま出すと、すぐに信用を失います。

手元に無かったのは3つでした。

  1. 3年前の時点の単価(起点)。単価表の1番古い区分が、起点より後だった
  2. 相手が求める様式と、提出期限
  3. 前回の値上げが何%だったか

取り方も決めました。会計データでは取れないので、仕入先に「改定通知の写し」をもらう。第三者が発行した文書なので、根拠として強い。鶏肉の仕入先は仕入額の半分を占めるので、ここが1本の確認で片づけば、伝票掘りの大半が要らなくなります。

白状しておくと、AIは一度「伝票掘りは止めていい」と書いています。1時間後に、自分で「間違いでした」と撤回しました。単価表に改定額があることに喜んで、1番古い区分が起点より後だったのを見落としていた。そこから「主な仕入先1社の確認1本で、大半は要らなくなるかもしれない」に落ち着きました。

手元に無かった3つ。起点の単価・相手の様式と期限・前回の値上げ率と、その取り方の図

足りない根拠は、国の公表資料で足す

材料費は実物の単価表で出ます。それ以外の根拠は、国が公表している数字で足しました。

まず最低賃金です。東京都の最低賃金は、前回の値上げをお願いした時点で1,072円。今は1,226円で、14.4%上がっています。この10月には、さらに上がる見込みです。

国の「労務費の転嫁の指針」は、値上げの根拠に使ってよい公表資料の筆頭に、都道府県別の最低賃金を挙げています。相手は「もっと詳しい資料を出せ」とは言えません。指針にそう書いてあります。

ただし、この会社の人件費は9%下がっています。「最低賃金が上がったので人件費が上がりました」と書くと、試算表と矛盾します。だから、こう組み替えました。

最低賃金が14%上がる中で、人を絞って人件費を9%下げた。これ以上は削れない。そして10月からさらに上がる。

上がった根拠ではなく、もう削り切った証明として使う。同じ数字でも、置く場所で意味が変わります。

もう1つ。国の振興基準には、「予め定めた価格改定タイミングはもちろんのこと、その期中においても、価格変更を柔軟に行うものとする」とあります。「1月からしか無理」への答えは、ここにありました。

言い方は、気をつけます。「違反です」とは言わない。相手を追い詰めると、担当者が守りに入って動けなくなります。国がこう書いています、だからお願いできます、という組み立てにしました。

最低賃金の使い方。上がった根拠ではなく、もう削り切った証明として置く図

資料の組み立て ── 先方の要望に合わせる

ここまでの材料を、相手が読む順番に並べ直しました。

  1. 先に自助努力を言う。人件費を9%、経費を11%削りました
  2. 材料費の実額。仕入先の改定通知の実物
  3. 1パックあたりいくら上がるか。原価の表から計算した表
  4. 最低賃金。1,072円から1,226円へ
  5. 下がったものも自分から言う。雇用保険の料率は国の改定で下がっています
  6. 希望する額と、適用したい時期を、こちらから書く
  7. 秋にもう1段来るので、数割の前倒しをお願いしたい

必ず文書で出します。口頭は流れます。文書なら記録が残り、担当者も上に上げざるを得なくなります。

資料の組み立ての順番。自助努力から前倒しのお願いまで7つを左から右へ一直線に並べた図

結果

全部が通ったわけではありません。

年明けまで待たずに、数割の前倒しが通りました。年に直せば1,400万円の原価増のうち、およそ500万円分を先に取り戻せた計算です。月にすると40万円強。11月に尽きる見込みだった現金は、もう少し伸びそうです。

価格交渉は、これからです。年明けには、もう少し交渉の余地がありそうです。根拠は組み上がっているので、次はそれを厚くして、もう1段お願いする。あわせて、売上の6割を1社に頼っている形をどうするか、営業の戦略も一緒に考えていくことにしました。

AIがやったこと、人がやったこと

これは意見です。

AIがやったのは、表を読んで見つけることでした。「この単価一覧は原価の表だ」「改定日はもう書いてある」「店ごとに単価が違う」。17本のファイルを人が全部開いて突き合わせるのは、1日仕事だと思います。それを、フォルダを渡して読ませました。

人がやるのは、確かめることです。相手が何を求めているか。起点の単価はどこにあるか。店舗ごとに仕様は同じか。AIが「会計データを手に入れましょう」と言ったとき、そこに単価は載らないと返す。数字を出す出さないを最後に決めるのも人です。

数字は作っていません。手元にあったものを、読める形にしました。この会社では、値上げの根拠は社内にもうありました。伝票の束ではなく、事務の方が手元で加工していた単価表と、原価を計算するために誰かが作ったExcelの中に。

まとめ

原価が上がっているのに値上げが言えないとき、足りないのは度胸ではなく、根拠の置き場所だと思います。

手元の3つの表。月次試算表、仕入先の単価表、自社の原価表。それに国の公表資料を足す。そして組む前に、相手が何を求めているかを確かめる。

順番はそれだけでした。

レジのデータから値上げの根拠を出した話は、値上げの根拠は、レジの中にありますに書いています。決算書から銀行に出す計画書を作った話は、銀行に出す1枚の計画書です。

この話は動画にもしました。原価が上がっているのに、値上げが言えない|手元の表3つと国の数字で根拠を組んだら、前倒しが通った(10:49)

※守秘のため、業種や品目、規模、時期などの設定を変えています。資料の作り方と、上がり方の比率は実際のものです。

このブログについて — きれいな成功談は書きません。決算書の読み取り、レジデータの分析、銀行に出す書類づくり。AIを実際の経営の仕事に使って、うまくいったことも、AIが間違えたことも、そのまま書いています。

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