会計・財務診断

レジのデータは、客の数を知らない ― 券売機のCSVが、銀行向けの事業計画書になるまで

A AIKA 読了 約7分

この記事の会社は、守秘のため業種を変え、お金の縮尺を変えています。分析の手順と数字の組み立ては実物のままです。

パラノイドうどん、という呼び名で書きます。博多で4店舗のうどん屋をやっている会社です。
名物は、大ぶりの味付けしなちくを3本のせた「しなちく天うどん」。特製のラー油をかけて食べると、これがうまい。

パラノイドうどんの紹介。博多のうどん屋4店舗、名物しなちく天うどん、特製ラー油、1店舗の奥に製麺所

始まりは、社長から届いた一通のメールでした。

「こういうデータがあるんですけど、どの商品がどれだけ出てるか、知りたいんですよ」

添えられていたのは、券売機から吸い出した生データ。
融資の話でも、経営改善の話でもありません。始まりは、本当にそれだけでした。

ここから話は、思わぬところまで転がります。最後にできあがったのは、銀行向けの事業計画書。5店舗目の出店資金と運転資金、2本立ての借入を説明する紙です。

使った道具は、券売機から出したCSVファイルと、表計算と、AIだけ。作業の相棒は、最初から最後までAIでした。
確かめたことは、4つです。

  • 本当は、何がどれだけ売れているのか
  • どの店が、いくら稼いでいるのか
  • 製麺所は、独立した事業として儲かるのか
  • 5店舗目に、いくら必要で、返せるのか

AIと確かめた4つのこと。券売機のデータからAIと分析を始め、何が売れているか・どの店が稼いでいるか・製麺所は単体で儲かるか・5店舗目にいくら必要かの順に進み、事業計画書に至る流れ

客単価1,650円の駅前うどん屋は、存在しない

券売機のデータは、ボタンが押されるたびに1行増える形で記録されていました。
Excelで開くと、横に60本以上の列がずらっと並びます。どの列が何の意味か、説明書はありません。
ここの解読はAIの得意技で、データの動き方から「この列は取消の印」「これは1日の締めの行」と当たりを付けさせていきます。

問題は「客数」の列でした。全部の商品に「1」が立っていたのです。
かけうどんも、しなちく天も、ビールも、機械の上では全員が「1人のお客さん」。
これを信じると、うどん1杯にトッピングを2つ足した1人のお客さんが、3人に数えられます。
実際、そのまま集計したある店の客単価は1,650円と出ました。かけうどん400円の駅前うどん屋で、この客単価はありえません。

そこで、数え方そのものをAIと話し合いました。AIが出した候補は2つ。取引の番号で数えるか、値段で線を引くか。
試しに両方で数えさせて、結果のずれを1件ずつ見ていくと、ずれの正体は食事の途中の追加注文でした。
券売機は追加のたびに別の取引として記録するので、番号で数えると、追加のたびに客が1人増えてしまう。

だから、こう決めました。「うどん本体の値段以上の商品が入っていたら、1人と数える」
うどんの最低価格は店ごとに違うので、線引きも店ごとに変えます。
この一行だけは、機械は勝手に決めてくれません。AIと議論して、最後に決めるのは人間です。

客の数え方をAIと決めた経緯。客数の列が全部1という生データから、取引の番号で数えるか値段で線を引くかの二択、ずれの正体は追加注文、そして「うどん本体の値段以上=1人」で客数確定

決めたら、駄目押しの検証です。ある日の店の実数(118人)と突き合わせて、一致を確認しました。

こうして、あの1,650円は980円に確定。4店舗の客数・客単価・商品別の売れ行きが、初めて「事実」になりました。

4つの店の成績は、1枚の決算書に溶けていた

売れ行きがわかったら、次はこの問いです。どの店が、いくら稼いでいるのか。

決算書は会社に1枚。そこには4店舗と製麺所の数字が、ぜんぶ溶けて混ざっています。
会社全体の売上と利益はわかる。でも「あの店は儲かっているのか」に、決算書は答えてくれません。

そこで、会社をまるごと輪切りにしました。ルールはこう決めます。
店ごとに直接わかるもの(売上・仕入)は、そのまま店に割り付ける。
会社共通の経費や役員の報酬は、店舗の数で等分する。
店の中はさらに事業ごとに、売上の比で配る。
そして人件費は、「誰が、どの店で働いたか」の賃金台帳から、1人ずつ割り付ける。
——ルールを決めるのは人間の仕事、数十人×数ヶ月ぶんを実際に割り付けていく根気仕事はAIの仕事です。

ここにも検算を入れました。割り付けた給与の合計が、賃金台帳の実額とぴったり一致するか。
ずれていたら、輪切りのどこかが間違っています。

1枚の決算書を輪切りにする図。包丁で決算書を切り分けて4店舗と製麺所の成績表にし、下段では賃金台帳から1人ずつ各店へ割り付けていく

できあがったのは、店舗別・事業別の月次の成績表です。
いちばん強い店は営業利益率30%前後。一方で、思ったより苦しい店もある。
社長が感覚で薄々わかっていたことが、初めて数字で並びました。

そして、この輪切りの中から、妙なものがひとつ出てきます。製麺所です。

帳簿の上では、麺をタダで配っていた

パラノイドうどんの1店舗は、店の奥が製麺所になっています。
4店舗ぶんの麺をここで打ち、よその店にも1玉50円で卸している。
ちょうど「うちにも卸してほしい」という引き合いが来ていて、社長はここを伸ばしたがっていました。

原価を出すのは簡単でした。材料費が1玉15円。手間が、時給1,500円の人が1時間に150玉打てるので、1玉あたり10円。合わせて25円
卸値が50円ですから、1玉売って25円残る計算です。

ところが、輪切りにした帳簿の中で、製麺所だけ様子がおかしい。
自分の店に渡す麺を、月に35万円分ほど「タダで」渡している計算になっていたのです。

誤解のないように書くと、決算は何も間違っていません。
同じ会社の中の話なので、会社全体で見れば行って来いで消えますし、税金にも影響しない。
問題は、製麺所「単体」がいくら稼いでいるのか、誰にも見えないことです。
タダで麺を配る帳簿のままだと、製麺所は働けば働くほど赤字に見える。これでは銀行に「ここを伸ばします」とは言えません。

タダで配ると実力が見えない図。自分の店へタダ渡し(月35万円分)から、社内の麺に「50円」の値札を付けることで、単体の損益が見えた=管理会計

そこで、社内に渡す麺にも、外に卸すのと同じ50円の値札を付けて「売った」ことにしました。
会社の外に出す決算のための会計とは別に、会社の中を測るための会計——管理会計の物差しを立てた、ということです。

物差しが立つと、製麺所単体の月次損益が見えるようになりました。
「卸し先を3社・10店舗ぶん増やしたら、どうなるか」。それを数字で語れる計画に変わったわけです。

出店の借金だけでは、日々の金が細る

店ごと、事業ごとの実力が見えたところで、社長のもともとの野望に戻ります。5店舗目を出したい。

会社の現在地はこうでした。年商は約1億5,000万円。借入の残高は約6,000万円——うち2,000万円は、コロナのときの融資です。
日々の商売はちゃんと回っている。現預金は約1,900万円——月商の1.5ヶ月分です。
手元のお金は月商の2〜3ヶ月分が安心の目安といわれますから、危険ではないけれど、余裕もない。
ここから駅前出店の初期費用を自己資金で払えば、手元は一気に月商1ヶ月分を割り込みます。それは、怖い。

だから、借りるなら2本立てです。出店のための借入と、日々の資金繰りを守る運転資金の借入。

事業計画書はAIと作った図。売上・割り付け・製麺所・卸しの4つの部品をAIが組み立て、束ねて1冊の事業計画書へ。目的は5店舗目と運転資金

計画書に載せたのは、5店舗目の話だけではありません。
4つの店それぞれの売上と採算。店舗別の仕入と人件費の割り付け。製麺所単体の損益と、卸し拡大の見通し。
——会社まるごとの成績表と、その根拠です。
売上の根拠は券売機から確定した客数と客単価。物差しを変えると全部門×12ヶ月の数字が一斉に動くので、突き合わせはAIに全部やらせて、1円のずれも残っていないことを確かめました。
数字の出どころを聞かれたら、どこからでもさかのぼって答えられる計画書です。

AIがやったこと、人が決めたこと

銀行には、社長と一緒に行きました。説明したのは私です。
データの出どころ、客数の数え方、店舗別の採算、製麺所の物差し。その場で納得していただけました。

後日、銀行から電話が1本。「事業計画書の根拠資料を、何か一ついただけますか」。
電話を切って、その場でAIにロジック表を作らせて、10分後には送っていました。
それで、ちゃんちゃん、です。

振り返ると、AIがやったのは——券売機のCSV、あの60本以上あった列の解読の当たり付け。全店・全期間の再集計。人件費の1人ずつの割り付け。輪切りにした後の、全部門×12ヶ月の突き合わせ。そして最後の、10分のロジック表。

人間がやったのは、いくつかの「決め」と、分析と、説明でした。

  • 客の数え方を決めた(うどん本体の値段以上=1人)
  • 会社を輪切りにする按分のルールを決めて、店舗別・事業別の採算を分析した
  • 社内の麺に値札を付けると決めた(50円)
  • 2本立てで借りると決めた
  • そして、銀行の向かいの席で、自分の言葉で説明した

検証がきれいに通ったのはAIの力です。でも、検証が成立したのは、数え方と物差しを先に人が決めたからです。
定義のない数字は、いくら検算しても正しくならない。
そして最後に相手を納得させるのは、資料の厚さではなく、説明する人間の理解です。ここだけは、AIには代われませんでした。

レジのデータは、どの商売にもあります。
今回の場合、眠っていたのはデータではなく、「数え方の決め」のほうだったのかもしれません。
券売機のCSVと、表計算と、AI。それだけでも経営分析はできるし、銀行に出せる計画書まで組めます。
あなたの会社のレジにも、たぶん同じものが眠っています。

決めるのは、人。数え切るのは、AI。レジのデータは客の数を知らない。眠っていたのは「数え方の決め」

書き手はAIKA。このサイトについて