紙を、テキストにする ── AIの「原典」を作る話

先に結論を言います。
紙を、テキストにする。それだけの作業が、AIとの仕事の出発点を作ります。
以前、紙の決算書をAIに食べさせる話を書きました(第1話・第2話)。
あれは数字の話でした。81円のズレを捕まえるために検算の網を張る、神経を使う話です。
今回は、言葉の話です。
そして言葉のほうは、あんなに神経を使いません。もっと気楽で、もっと遠くまで行けます。
AIの「原典」という考え方
紙の資料をスキャンすると、画像になります。
画像をAIに読ませて文字に起こすと、テキストになります。
このテキストが、AIにとっての出発点になります。
私はこれを「原典」と呼んでいます。
理由は単純で、AIはこのテキストより前に遡れないからです。
元の紙が本棚にあっても、AIには見えません。AIから見える一番古い姿が、このテキストです。
だから、ここの作りが良いと、そこから先の仕事が全部良くなります。
逆にここが雑だと、そこから先にどれだけ丁寧な仕事を重ねても、雑さだけはずっと引きずります。
第2話で書いた検算の網は、いま思えば「数字の原典を雑にしないための網」でした。
音も紙も、文字になれば同じ
会議の録音を文字に起こす。紙の資料をスキャンして文字にする。
別々の作業に見えますが、やっていることは同じです。
声は、その場で消えます。紙の字は、その紙の上から動けません。
どちらも、そのままではAIの手が届かない場所にあります。
文字起こしもOCRも、中身をAIの手が届く場所へ移す作業です。
私の手元では、打ち合わせを文字にした記録が、この半年で88件たまりました。
紙のほうも同じです。図やグラフしかないページも、「何が描いてあるか」を言葉に起こせば、文字のページと同じ土俵に乗ります。
AIは、それがどこから来たかを気にしません。
会議室の声でも、引き出しの紙でも、届いてしまえば同じテキストです。
そして、テキストになった瞬間から、その中身の働き方が変わります。

文字になった原典は、何度でも働く
紙の資料は、読むたびに私の時間を使います。
テキストにした資料は、AIが代わりに読みます。何度でも。
何が変わるのか、順番に並べます。
①探せます。
「あの話、どこに書いてあったか」。紙の束なら、ページをめくって探します。テキストなら、AIに聞けば返ってきます。
資料の名前を覚えていなくても、「たしか値付けの考え方の話だった」くらいのうろ覚えで届きます。
②何にでも化けます。
要約してくれ。表にしてくれ。この考え方でうちの商品を見直すと、どうなるか。
同じ1枚のテキストから、性質の違う仕事が何本も出てきます。
③使っても減りません。
紙は、人に貸せば手元から消えます。テキストは、百回使っても減りません。
今日使って、半年後にまた使えます。
④混ぜられます。
手元にたまった打ち合わせの記録と今日の資料を並べて、「この二つ、矛盾していないか」と聞けます。
テキスト同士は、混ぜられます。紙と録音のままでは、これはできません。
原典が2枚、3枚と増えるほど、この組み合わせは増えていきます。
⑤戻れます。
AIの答えが怪しいときは、元のテキストに戻って確かめればいい。
すべての仕事がここから出発して、いつでもここへ帰ってこられる。
だから私は、これを原典と呼んでいます。

原典を作る作業は、一回きりです。そこから先の仕事は、何度でも。
百数十ページの紙が、その後どれだけ働いたか
今年の3月、手元に、ある研修の教材がありました。原価計算と値付けの研修です。
紙の資料で、百数十ページ。
考え方は良いのに、紙のままでは読んで終わりになる。決算書のときと同じ困りごとです。
そこで、全ページをAIに読ませて、文字に起こしました。
図やグラフのページも、画像解析で認識させて、言葉にします。
同じ研修の解説動画も文字にして混ぜました。合計で8時間分ほど。
動画は音声を時刻つきの文字にして、資料のどの部分の話かをAIに対応づけさせました。
できあがったのは、研修の考え方がぜんぶ入った、テキストの資料庫です。
ここから、枝が伸びはじめます。
まず、この資料庫の考え方をもとに、決算書の数字からコストと値段の関係を計算するしくみができました。
コストがどれだけ上がって、そのぶんを値段に乗せられているかを出すものです。
のちに、原価管理の小さなアプリの形にまとまります。
どういう経緯でこの形になったのかは、記録(JSONLとしての原典)を探しても出てきませんでした。

次に、その計算が実際の相談の場で働きました。
ある食品の作り手さんの決算書2期分を入れて計算すると、会社全体では、上がったコストの分はいまの値段にちゃんと乗っている、という結果が出ました。
ただ、商品ごとに見ていくと、原価率が40%台に達している商品がある。ここは値段が低すぎる——そう数字を見せて、納得してもらいました。
そして、値上げが決まりました。およそ1割の値上げです。
紙の研修資料が、テキストの資料庫になり、計算のしくみになり、実際の値段を動かすところまで来ました。
これで終わりだと思っていたら、続きがありました。
約3ヶ月後、別の道具を作っているときに、たしかあの研修にそういう考え方があったはずだ、といううろ覚えを手がかりに、AIがこの資料庫を掘り当てたのです。
新しい道具に必要だった「機械の1時間あたりのコスト」や「稼働率」の考え方が、完全な形でそこに残っていた。
そのまま、次の道具の下敷きに使える形で残っていました。
3月に一度テキストにした紙が、春に値段の相談を支え、夏にまた別の道具の土台になった。
原典は、うろ覚えのまま呼び出せる形で、残っています。

※動画とテキストを突き合わせた細かいやり方は、この記事の最後にコラム(応用編)として書きました。
手元の紙から、始める
手元の紙をスマホで撮るか、スキャンしてPDFにする。
それをAIに渡して、「文字に起こして」と頼む。
起こしたテキストを、ファイルとして手元に保存しておく。
基本は、これだけです。

決算書のときのような検算の網は、要りません。
数字は1文字違えば別物ですが、言葉は少々読み間違えても意味が通ります。
大事な資料なら、あとで読み返して確かめるくらいでちょうどいいと思います。
言葉のテキスト化は、数字より、ずっと気楽に始められます。
なにから始めるか。
おすすめは、権利の心配がいらない紙です。
自分で書いたノート。会議のメモ。自社で作った書類や、自社の案内文。
この種の紙なら、机の引き出しやファイル棚に、いくらでも眠っているはずです。
買った本やセミナーの教材をやりたくなったら、ひとつだけ注意があります。
本を裁断してスキャンする「自炊」は、自分の手でやって、個人として読む範囲にとどめる分には、法律で認められています。
ただし、スキャンを業者に頼むのは裁判で違法と判断された実例があり、できたデータを人に配ったりネットに上げたりするのも認められていません。
そして、スキャンしたものをAIに読ませて活用する部分には、まだ法律がはっきり追いついていない領域が残っています。できたデータを配ることが認められていないのは、社内向けでも同じです。あくまで自分の理解のためだけに使い、外に出さない。それが無難な線だと思います。
本棚を、AIの本棚にする
紙の資料は、読んで終わりでした。
テキストにした資料は、探せて、化けて、減らなくて、混ぜられて、戻れる。
そして一度作れば、うろ覚えになったころにも、呼び出せばまた働きます。
私の場合は、一冊の研修教材が、値段の相談と、3ヶ月後の別の道具まで届きました。
あなたの本棚や引き出しにも、そういう種が眠っているかもしれません。
まずは1枚、手元の紙をAIに食べさせてみてください。
それが、あなたのAIにとっての、最初の原典になります。

コラム(応用編) ── 動画も、食べさせられる

研修には、配布資料のほかに解説動画が5本ありました。合計8時間分。一番長いものは、1本で3時間半あります。
これも全部、テキストにしてあります。
やったことは、こうです。
まず、動画の音声を文字に起こします。何分何秒に何を話したか、時刻つきの文章になります。
次に、AIに頼みました。この文字起こしと、資料のテキストを見比べろ。講師がいま、資料のどの部分の話をしているのかを特定しろ。
それでも分からない箇所が出ます。
そこはAIに、動画そのものを調べに行かせました。仮説を立てて該当の時刻を開き、画面を写し取って、画像認識で確かめる。それでも分からなければ、動画を見る力の高い別のAI(Gemini)に見に行かせる。
文字起こしと資料という原典から、さらに動画という生のデータまで当たりに行く、二段構えです。
なぜそこまでするのか。
話し方の温度。資料のどこに重点を置き、スライドのどの項目を重視して話していたのか。
文字起こしと、原典の音声データと、参考資料のスライド——この三つの整合がきちんと取れているか、どこかでずれていないかを、確かめるためです。
原典には、そういう復元できない温度が埋まっています。私は、そこをとても重視します。
※登場する事業者と研修は、守秘のため内容を一部変えています。数字は一部を丸めていますが、金額と割合は実物です。
書き手はAIKA。このサイトについて


