会計・財務診断

紙の決算書をAIに食べさせる 第2話 ── 合計が合っていても、信用しない

A AIKA 読了 約8分

この記事の全体像。決算書は5つの関門をくぐってExcelになる。①入口: 読める資料か仕分ける(読めなければ止まる)②AIが読み取る ③検算の網(合っていて当たり前を全部確かめる)④二台目のAIと突き合わせる ⑤出口: できたExcelを検証し、人間は危ない場所だけ見る。最後に数字は「どこまで確かめたか」を名乗って出てくる

前回、紙の決算書をAIに読ませて、Excelにした話をしました(第1話 ── 81円のズレも捕まえながら)。

数式入りで、再計算してもエラーは0件。

合計のチェックも通っていました。

それでも、81円、間違っていました。

今回は、その仕組みの「設計」の話です。

先に結論を言います。

AIに決算書を読ませる仕組みで、大事なのは読み取りの精度だけではありません。

間違いの見つけ方の方が、大切かもしれません。

AIは、読み間違えます。どんなに性能が上がっても、読み間違えます。

だから私は、読み取りの精度を上げる努力を、ほとんどしていません。

そのかわり、あの81円のあと、仕組みのほうを作り替えました。

間違いが、勝手に見つかるように。

今日はその中身を、1個ずつ開けていきます。全体の地図は、いちばん上に貼った1枚のとおりです。

AIは、どう間違えるか

まず、敵の顔からです。

対策から入ると、たいてい的を外します。どこで間違えるか分からないまま関門を作ると、いちばん通したくないものが通る場所に、関門が立っていないからです。

だから先に、実際に起きたことを並べます。

私の手元で最初に実際に起きた間違いは、この4つでした。

どれも、性能の低いAIだから起きた、という話ではありません。読み取り自体は、ほとんどの数字で正しかった。それでも、この4つは起きました。

AIの間違い方4つの型。①桁の入れ替え(254,709を254,790と読む)②間違いが隠れる(逆算した科目に誤差81円が吸い込まれ、合計は合ってしまう)③そもそも読めない資料(画質の悪いスキャンで所得が1,200万円ズレる)④脇の数字(内訳表の1桁誤読で合計に2万円の差)

間違いの型 実際に起きたこと
1つ目 桁の入れ替え 254,709円を、254,790円と読む。末尾の「09」と「90」がひっくり返る
2つ目 間違いが、隠れる 逆算した科目に、ほかの科目の誤差81円が吸い込まれる。それでも合計は合う
3つ目 そもそも読めない資料 画質の悪い紙スキャンで、所得金額が1,200万円ズレた
4つ目 脇の数字 内訳表の1桁誤読(527,951円と547,951円)で、合計に2万円の差

1つずつ見ていきます。

1つ目、桁の入れ替え。

人間でいう見間違いに近い、素朴な型です。

2つ目が、怖い。間違いが、隠れる。

前回の81円が、これでした。

通信費は「経費の合計から、ほかの23科目を引いた残り」で出していました。

23科目のどれか1つでも読み間違えると、そのズレは全部、逆算した科目に吸い込まれます。

吸い込まれた先の数字は、一見きれいです。合計は合っているからです。

合計が合っていることと、中身が正しいことは、別の話でした。

3つ目、そもそも読めない資料。

読めない資料に頑張らせても、出てくるのは「それらしい表」だけです。テストは中止しました。

4つ目、脇の数字。

「2」と「4」の、1桁の見間違いでした。

大事な数字だけ見張っていると、こういう脇の1桁がすり抜けてきます。

この4つの事故が、いまの仕組みの関門に、そのまま化けています。

起きたこと いまの関門
1桁の読み間違い 二台目のAIと突き合わせる
81円が逆算に隠れた 逆算した値は、必ず原本と照合する
それでも合計は合っていた 「合計以外の網」を張る
読めない資料で1,200万円 入口で資料を仕分ける。読めなければ止まる

ここから、関門を1つずつ見ていきます。

二重の目 ── 人間が全部見るのを、やめた

二重の目の仕組み。同じ決算書をClaudeとGeminiがそれぞれ読み、機械が1円単位で突き合わせる。一致した数字は通過、割れた数字だけ人間が原本を見る。二台目に渡すのは名前の載っていないページだけ(守秘の関門)

読み間違いを見つける、いちばん素朴な方法は、人間が全部見比べることです。

前回の私は、それをやりました。3期分・72項目を、1つずつ原本と照合しました。

確実です。でも、高くつきます。

お金の話ではありません。注意力の話です。

人間の集中力は有限です。72項目の照合に毎回使っていたら、肝心の「この会社の数字をどう読むか」を考える前に、疲れてしまいます。

だから、あのあと、人間が全部見るのはやめました。

かわりに、もう一台のAIを雇いました。

同じ決算書を、別のAI(Gemini)にも読ませます。

Claudeの数字とGeminiの数字を、機械が突き合わせます。

私の仕組みでは、貸借対照表と損益計算書の大事な数字が1円単位で一致するかまで、機械が判定します。

ここまではやりすぎと思うかもしれませんが、銀行さんは1円の間違いも許しません。

二台のAIは、別々の会社が作った、別々の頭です。どちらも間違えます。でも、同じ場所を同じように間違えるとは限らない。

だから、二台が一致した数字は、人間は見ない。

人間が見るのは、二台の答えが割れた場所だけ。

勘違いしてほしくないのですが、これは「二台一致なら正しい」という話ではありません。

人間の注意力という、いちばん高い資源を、どこに注ぐか絞るための関門です。

それと、二台目を雇うときの守秘の工夫をひとつ。

(これは、読んでいるあなたがやるかやらないかはお任せします)

法人の決算書の一式には、取引先や役員の名前がぎっしり載ったページ(勘定科目内訳書)があります。

二台目のAIには、そこを渡しません。渡すのは貸借対照表と損益計算書のページだけ。ページの仕分けはClaudeにやらせます。

社名を伏せ字に変えてから渡す、というやり方でもかまいません。

二台目を雇うなら、二台目に見せる範囲も設計する。ここまでで1セットです。

ちなみに、これは大掛かりな話にしなくても始められます。

できあがった表と決算書のPDFをブラウザのGeminiに渡して、「この表とこのPDFで数字が合っているか確かめて」と頼むだけでも、二重の目になります。

二重の目は、始めるのは簡単だが、続けるには決めることがある。始めるのは簡単=表とPDFを渡して「合っているか確かめて」と頼むだけ。ただし決めることが4つ=①何を渡すか(名前の載ったページは渡さない)②どこまで一致を求めるか(1円か、概算か)③割れたとき、どちらを正とするか(原本を見に行く)④二台とも間違えることもある(一致は正しさの証明ではない)

検算の網 ── 81円は、なぜ検算を通り抜けたのか

検算の網。決算書の紙面の上で、数字どうしが線で結ばれている。小計と内訳、経費の合計と24科目、月別売上12ヶ月分と年間売上、貸借対照表の左と右。読み間違いはどこかの線を必ず切る。ただし逆算で出した値だけは、網の届かない場所にいる

ここが本体です。

前回、決算書には「合っていて当たり前」の関係が何本も張られている、という話をしました。

小計は内訳の足し算と合う。

経費の合計は24科目の足し算と合う。

月別の売上を12ヶ月足すと、年間の売上と合う。

貸借対照表の左と右は、同じ額になる。

読み間違えれば、この網のどれかが必ず壊れる。壊れた場所を探せばいい——これが前回の話でした。

では、81円はなぜ通り抜けたのか。

網の目の、内側に隠れたからです。

通信費は、逆算で出した値でした。逆算で出した値は、作り方からして、合計と必ず合います。

検算は「合計が合っているか」を確かめる道具です。だから、逆算値の中に隠れた間違いには、はじめから手が届かないのです。

あの日、網は破られたのではありません。網が届かない場所があったのです。

だから、網を増やしました。

(私が増やしたんじゃありません。AIが勝手にやってくれました)

  • 逆算で出した値は「別の身分」にする。赤く塗って、必ず原本と照合する
  • 内訳表もぜんぶ、「科目ごとの合計=印字された合計」を機械で検算する。合わなければ、そこで処理が止まる

もうひとつ、面白い網があります。

差が9の倍数なら、桁の入れ替えを疑う。

数字の並びが入れ替わると、差は必ず9で割り切れるからです。

81円は、9の倍数でした。あの間違いは、最初から尻尾を出していたことになります。

法人の決算書だと、網はさらに増えます。

減価償却の明細と、固定資産。販管費の内訳と、損益計算書。前期の期末と、今期の期首。

決算書というのは、あちこちが繋がっている書類です。

繋がりを全部検算にすると、読み間違いの逃げ場が、どんどん減っていきます。

そして、機械にここまで張らせた上で、人間の側の取り決めをひとつ。

私が自分の目で必ず見るのは、4つだけです。

純資産の合計。売上高。当期の損益。借入金の合計。

経営の判断にも、銀行との話にも直結する数字なので、この4つだけは、機械が何と言おうと最後に自分の目で原本と見比べます。

残りは、機械の網と二台目のAIに任せる。

全部を人間が見る仕組みは、続きません。どこを人間が見るかが決めてある仕組みは、続きます。

入口と出口 ── きれいな不良品を、作らせない

入口と出口の関門。入口では資料を4段階に仕分ける(電子申告PDF=そのまま、紙スキャン=合計を重点確認、写真=1ページずつ照合、ボケた写真=読ませない)。出口ではできたExcelを機械が再検証し、人間はAIが選んだ危ない場所だけを、AIの答えを見ずに原本から転記して突き合わせる

網の外側に、関門が2つあります。

まず入口。読める資料かどうかを、最初に仕分けます。

電子申告のPDFは、文字がそのまま取れるので標準で通す。

紙のスキャンは、合計値を重点的に確認する。

写真は、1ページずつ照合する。

ボケた写真は——読ませません。人に確認してもらう段取りに切り替えます。

1,200万円ズレたテストの教訓が、これです。

あのときAIは、「読めません」とは言いませんでした。それらしい数字の入った表を出してきて、その中の所得が1,200万円ズレていたのです。

だから私の仕組みでは、様式や数字が確信を持って読み取れないとき、処理そのものが止まるようにしてあります。

設計のメモには、こう書いてあります。

「見栄えの良い不完全なデータを作らない」

つぎに出口。できあがったExcelを、もう一度検証します。

入力した値は元の確定値と一致しているか。

計算式は再計算して差がゼロか。

月別の合計は年間と一致するか。

作るのはAI、検証するのも機械。ただし作りっぱなしは許さない。ここは省略禁止にしています。

目隠し転記 ── 最初に間違えたのは、私だった

目隠し転記の3ステップ。①AIが「ここが危ない」を選ぶ(大事な4つの数字・読み取りの自信が低かった箇所・前の年から大きく動いた数字)②人間が原本だけを見て書き出す(AIの読み取り結果は見ない。先に答えを見ると、目は「合っている理由」を探し始めるから)③機械が突き合わせる(一致すれば通過、不一致ならその箇所を再確認)

出口には、人間の関門もひとつあります。目隠し転記です。

AIが「ここが危ない」と選んだ場所について、私が紙の原本だけを見て、数字を書き出します。

選ばれるのは、さっきの4つの数字(純資産の合計・売上高・当期の損益・借入金の合計)。読み取りの自信が低かった箇所。前の年から大きく動いた数字。

このとき、AIの読み取り結果は見ません

先に答えを見てしまうと、人間の目は「合っている理由」を探し始めるからです。

書き出した数字とAIの数字は、機械が突き合わせます。

で、白状すると、この目隠し転記で最初に間違えたのは、私のほうでした。

書き写すはずだった「純資産の部合計」は、5,847,193円。

私が書き写していたのは、1行下の「負債・純資産の部合計」、76,215,408円でした。

桁がまるで違う。読み直して、書き直しました。

AIの読み取りは、正しかった。

人間の目も、普通に間違えます。だから人間の目「だけ」に頼る検証はやめて、機械と人間で挟み撃ちにしています。

これでも防げないもの ── 数字に、身分を名乗らせる

検証の深さの3段。上の段=機械の検算+二台のAIの一致+人間の目(対象は大事な4つの数字)。真ん中の段=機械の検算+原本画像との突き合わせ(貸借対照表・損益計算書の全行)。下の段=機械の検算のみ(内訳の細かい数字)。同じ顔の数字でも、どこまで確かめたかが違う

ここまでやって、では「全部確かめました」と言えるのか。

言えません。言わないことに決めています。

前回の通信費、19,949円。あれは「逆算で出てきた数字」でした。

同じ顔で表に並んでいても、数字は出どころによって、意味がまるで違います。

人間の目で原本と照合した数字。

二台のAIが一致した数字。

機械の検算だけを通った数字。

逆算で出した数字。

見た目は、全部同じ顔をしています。

だから、数字のほうに身分を名乗らせます。

私の仕組みでは、数字ごとに「どこまで確かめたか」の段を付けています。

いちばん上の段は、機械の検算と、二台のAIの一致と、人間の目。ここにいるのは、あの4つの数字だけ。

真ん中の段は、機械の検算と、原本画像との突き合わせ。貸借対照表と損益計算書の全行です。

いちばん下の段は、機械の検算だけ。内訳の細かい数字たちです。

前回お見せしたExcelの色分け(薄緑・オレンジ・赤)は、この身分証明の、見た目版です。

怪しい数字を、ゼロにはできません。

でも、怪しい数字が、確かな数字の顔をして混ざり込むのは、防げます。

私が作ったのは、正しい数字だけが出てくる仕組みではありません。

数字が、自分の確かさを名乗ってから出てくる仕組みです。

おわりに

銀行さんは、1円でも許さない。

前回のあの一言から始まった設計の話は、いったんここまでです。

読みながら「これ、自分でも作れそうだな」と思った方へ。作れます。最初から全部を作る必要はなく、①検算を1つ入れる ②逆算した数字を原本と見比べる ③読めない資料を最初に外す、の順に足していけばいい。難しいのは技術ではなく、疑う場所を決めること

読みながら「これ、自分でも作れそうだな」と思った方がいるかもしれません。

思った方は、たぶん作れます。

その作り方の話は、また改めてお話しします。

難しいのは技術ではなく、疑う場所を決めること。

それだけは、先にお伝えしておきます。

※登場する事業者は、守秘のため業種を変えています。一部の金額も、桁の構造を保ったまま変えています。やりとりは実物です。

この記事はAIKAが書いています。このサイトについて・個別のご相談はこちら