会計・財務診断

紙の決算書をAIに食べさせる 第1話 ── 81円のズレも捕まえながら

A AIKA 読了 約6分

決算が終わって、税理士さんから決算書をもらうとき、たいてい紙でもらえませんか。
きれいに製本された、あのファイル。
無駄に分厚い、あのファイル。
やたらと重い、あのファイル。
あなたの手元にもありますよね。

あれ、読むのめんどくさくないですか。
あれ、パソコンで開けないから困りませんか。
そして、あれ、データじゃないから困るんですよね。

紙の決算書という困りごと。左=読むのがめんどくさい・パソコンで開けない・データじゃないから分析に使えない。右=データにすれば3期分を並べて比較でき、事業計画書を作れ、毎月の試算表もデータにできる

税理士さんは、なぜデータでくれないのか

データでくれる人は、くれます。
でも、くれない人は絶対に紙でよこします。
できればExcelでほしいくらいですが、会計ソフトがそうなっていないんでしょうがないですよね。

で、なんでデータでほしいかというと。
データであれば、いろいろな分析に使えるからです。
3期分を並べて、売上と経費の動きを見る。
その数字を土台に、来年1年間の事業計画書を作る。
毎月の試算表も、同じやり方でデータにできそうです。
紙のままだと、このどれもできません。眺めて終わりです。

OCRという道具

紙の文字をデータにする技術は、昔からあります。OCR(光学文字認識)といいます。
要は「画像の中の文字を読み取って、データに起こす」技術です。
いまは、これをAIがやります。決算書のPDFをClaudeに渡すと、読み取って表にしてくれます。

ただし、そのままでは仕事に使えません。AIは数字を読み間違えるからです。
読み間違いに気づける仕組みまで作って、はじめて仕事に使えます。
今回の話は、ほぼ全部これです。

やり方をClaudeと作る

最初から実案件でやったわけではありません。
まずテスト用の決算書で、Claudeと一緒に工程を作りました。今年の1月のことです。

工程は、大きく3つ。読み取って、検算して、Excelにする。
そのあとに、できたExcelをもう一度チェックします。

工程は4つ。読み取る(PDFを1ページずつAIに渡す)→検算する(合計・貸借・つじつまを機械が確かめる)→Excelにする(数式入りで自動生成する)→チェックする(できたExcelをもう一度確かめる)

①読み取る——渡し方と、頼み方

決算書のPDFをClaudeに渡します。まとめてではなく、1ページずつ。
頼み方は「読んで」ではありません。科目の番号ごとに、決まった形で書き出してと頼みます。
損益計算書の全科目、月別の売上仕入(12ヶ月分)、貸借対照表、減価償却の明細。それぞれ場所が決まっているので、そこに入れてもらいます。

このとき、資料の質を先に見ます。
電子申告のPDFは文字がそのまま取れるので楽です。紙をスキャンしたものは、合計値を重点的に確認します。写真で撮ったものは、1ページずつ照合します。ボケた写真は、そもそも人に確認してもらう。
読める資料と読めない資料を、最初に仕分けます。

読み取った結果は、Excelに入れる前に、いったん普通のテキストのメモに落とします。
次に別の日に作業するとき、PDFをまた読み直さなくて済むからです。

②検算する——Claudeに算数をさせる

ここが本体です。使うのはClaudeだけです。
やることは、決算書の中にもともとある「つじつま」を、全部確かめることです。

・小計は、内訳の足し算と合っているか
・経費の合計は、24個の科目を足したものと合っているか
・月別の売上を12ヶ月足したら、年間の売上と合っているか
・貸借対照表の左と右は、同じ額になっているか

決算書というのは、こういう「合っていて当たり前」の関係がいくつも入っています。
読み間違えると、そのどれかが必ず壊れます。 だから、壊れた場所を探せば、読み間違いが見つかります。
この検算を、AIの気分ではなく、決まった式として工程に組み込みました。

これが効きました。桁のズレは、どんなAIでも起こします。でも算術の検算にかければ、その日のテストでは全部見つかりました。

テストでは失敗もありました。
紙をスキャンした画質の悪いPDFで、所得金額が1,200万円ズレたことがあります。
このテストは中止して、条件を変えました。
読み取りは、間違える。だから機械の検算で捕まえる。
この前提が、最初に固まりました。

③数式入りのExcelにする

読み取った数字を、Excelに手で打ち込むことはしません。Pythonのスクリプトに作らせます。
手で打つと、そこで新しい間違いが生まれるからです。

Excelの中も工夫しています。
・計算で出せる値は、数字ではなく計算式を入れる(薄緑)
・OCRで読んだ値との差を出す検証行を置く(薄赤・0なら正常)
・写真から読んだ怪しい箇所はオレンジ、逆算で出した値は

どこが確かで、どこが怪しいかが、色で見えるExcelです。

できあがるExcelの姿。4つのシート(損益計算書・月別の売上仕入・減価償却費・貸借対照表)と、信頼性の色分け表示(薄い緑=計算式が入っている、薄い赤=検証行で差が0なら正常、オレンジ=写真から読んだ要注意の値、赤=逆算で出した値)

3月に、この工程をClaudeの作業手順書(スキル)にまとめました。
ここまでが準備です。

パラノイドおにぎりの決算書、3期分

手順書にまとめた1週間後、最初の実戦が来ました。
無農薬・自然農法のお米を使ったおにぎり屋さん。仮に「パラノイドおにぎり」としておきます。
青色申告の決算書、直近3期分です。

工程どおりに進めます。読み取って、検算して、Excelへ。
検証は、Claudeの中に検証役を複数立てて突き合わせる厳密なモードでやりました。
できあがったのは4シートのExcelです。
・損益計算書(経費24科目×3期)
・月別の売上仕入(12ヶ月)
・減価償却費(25資産×3期)
・貸借対照表(3期比較)
数式入りで、再計算してもエラー0件。主要な数字のチェックも通りました。

私は、できあがったExcelを申告書の原本と見比べていました。
3期分のうち、いちばん新しい期の通信費。
Excelでは19,949円。原本では20,030円。
81円、合いません。

このとき私が言ったことが、記録に残っています。

「銀行さんは1円でも許さないよ」

この一言で、Claudeは目を覚ましました。確かにそのとおりですね、と。

そこから犯人捜しになりました。
通信費は「逆算」で出した値でした。経費の合計から、ほかの23科目を引いた残り。つまり、ほかの科目のどれかが読み間違っていれば、そのズレは全部通信費に吸収されます。
Claudeは経費の科目を並べて、「±81円で、末尾の桁の入れ替えが成立する科目」を探しました。
見つかりました。損害保険料です。
読み取った値は 254,790円。原本は 254,709円。
末尾の「90」と「09」が入れ替わっていました。差は、ちょうど81円。

これで終わりにせず、3期分の全72項目を、原本と1つずつ照合し直しました。
1期目は問題なし。2期目は1箇所を原本で確認。3期目は上の2箇所を直して、完成です。

合計が合っていても、個別の数字が正しいとは限らない。
逆算した値は必ず原本と照合すること。ズレが9の倍数なら、桁の入れ替えを疑うこと。
その日のうちに、手順書へ追記しました。
次の案件からは、機械が先回りして疑ってくれます。

つまり、この案件で起きた失敗が、そのまま道具になったということです。

81円のズレの正体。損害保険料の読み取り値254,790に対し、原本は254,709。末尾の90と09が入れ替わっており、差はちょうど81円だった

余談ですが、この完成したExcelを私がうっかり古い版で上書きしてしまい、Claudeが会話の記録から丸ごと作り直す一幕もありました。

データになった決算書で、できること

手元に、3期比較のExcelが残りました。
売上と経費の3年の動きが、1枚で見えます。数字には検算の跡がついていて、どこまで確かめたかが分かります。
この3期比較は、そのまま来年の計画づくりの土台になり、次の作業に進むことになりました。

紙の決算書は、読んで終わりでした。
データになった決算書は、次の仕事の材料になります。
手元で眠っている紙の決算書は、材料の山かもしれません。

データになった決算書の使い道。紙は読んで終わり。データは次の仕事の材料になり、3期比較のExcelがそのまま事業計画書につながる

次回

81円を追いかける。72項目を照合し直す。
やりすぎに見えるかもしれません。
でも、この数字はこのあと経営の判断に使うものです。だから疑ってかかります。

次は、この仕組みの設計の部分を、もう少し詳しく掘り下げて話そうと思います。

※登場する事業者は、守秘のため業種を変えています。数字とやりとりは実物です。

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