紙の決算書をAIに食べさせる 第1話 ── 81円のズレも捕まえながら
決算が終わって、税理士さんから決算書をもらうとき、たいてい紙でもらえませんか。
きれいに製本された、あのファイル。
無駄に分厚い、あのファイル。
やたらと重い、あのファイル。
あなたの手元にもありますよね。
あれ、読むのめんどくさくないですか。
あれ、パソコンで開けないから困りませんか。
そして、あれ、データじゃないから困るんですよね。

税理士さんは、なぜデータでくれないのか
データでくれる人は、くれます。
でも、くれない人は絶対に紙でよこします。
できればExcelでほしいくらいですが、会計ソフトがそうなっていないんでしょうがないですよね。
で、なんでデータでほしいかというと。
データであれば、いろいろな分析に使えるからです。
3期分を並べて、売上と経費の動きを見る。
その数字を土台に、来年1年間の事業計画書を作る。
毎月の試算表も、同じやり方でデータにできそうです。
紙のままだと、このどれもできません。眺めて終わりです。
OCRという道具
紙の文字をデータにする技術は、昔からあります。OCR(光学文字認識)といいます。
要は「画像の中の文字を読み取って、データに起こす」技術です。
いまは、これをAIがやります。決算書のPDFをClaudeに渡すと、読み取って表にしてくれます。
ただし、そのままでは仕事に使えません。AIは数字を読み間違えるからです。
読み間違いに気づける仕組みまで作って、はじめて仕事に使えます。
今回の話は、ほぼ全部これです。
やり方をClaudeと作る
最初から実案件でやったわけではありません。
まずテスト用の決算書で、Claudeと一緒に工程を作りました。今年の1月のことです。
工程は、大きく3つ。読み取って、検算して、Excelにする。
そのあとに、できたExcelをもう一度チェックします。

①読み取る——渡し方と、頼み方
決算書のPDFをClaudeに渡します。まとめてではなく、1ページずつ。
頼み方は「読んで」ではありません。科目の番号ごとに、決まった形で書き出してと頼みます。
損益計算書の全科目、月別の売上仕入(12ヶ月分)、貸借対照表、減価償却の明細。それぞれ場所が決まっているので、そこに入れてもらいます。
このとき、資料の質を先に見ます。
電子申告のPDFは文字がそのまま取れるので楽です。紙をスキャンしたものは、合計値を重点的に確認します。写真で撮ったものは、1ページずつ照合します。ボケた写真は、そもそも人に確認してもらう。
読める資料と読めない資料を、最初に仕分けます。
読み取った結果は、Excelに入れる前に、いったん普通のテキストのメモに落とします。
次に別の日に作業するとき、PDFをまた読み直さなくて済むからです。
②検算する——Claudeに算数をさせる
ここが本体です。使うのはClaudeだけです。
やることは、決算書の中にもともとある「つじつま」を、全部確かめることです。
・小計は、内訳の足し算と合っているか
・経費の合計は、24個の科目を足したものと合っているか
・月別の売上を12ヶ月足したら、年間の売上と合っているか
・貸借対照表の左と右は、同じ額になっているか
決算書というのは、こういう「合っていて当たり前」の関係がいくつも入っています。
読み間違えると、そのどれかが必ず壊れます。 だから、壊れた場所を探せば、読み間違いが見つかります。
この検算を、AIの気分ではなく、決まった式として工程に組み込みました。
これが効きました。桁のズレは、どんなAIでも起こします。でも算術の検算にかければ、その日のテストでは全部見つかりました。
テストでは失敗もありました。
紙をスキャンした画質の悪いPDFで、所得金額が1,200万円ズレたことがあります。
このテストは中止して、条件を変えました。
読み取りは、間違える。だから機械の検算で捕まえる。
この前提が、最初に固まりました。
③数式入りのExcelにする
読み取った数字を、Excelに手で打ち込むことはしません。Pythonのスクリプトに作らせます。
手で打つと、そこで新しい間違いが生まれるからです。
Excelの中も工夫しています。
・計算で出せる値は、数字ではなく計算式を入れる(薄緑)
・OCRで読んだ値との差を出す検証行を置く(薄赤・0なら正常)
・写真から読んだ怪しい箇所はオレンジ、逆算で出した値は赤
どこが確かで、どこが怪しいかが、色で見えるExcelです。

3月に、この工程をClaudeの作業手順書(スキル)にまとめました。
ここまでが準備です。
パラノイドおにぎりの決算書、3期分
手順書にまとめた1週間後、最初の実戦が来ました。
無農薬・自然農法のお米を使ったおにぎり屋さん。仮に「パラノイドおにぎり」としておきます。
青色申告の決算書、直近3期分です。
工程どおりに進めます。読み取って、検算して、Excelへ。
検証は、Claudeの中に検証役を複数立てて突き合わせる厳密なモードでやりました。
できあがったのは4シートのExcelです。
・損益計算書(経費24科目×3期)
・月別の売上仕入(12ヶ月)
・減価償却費(25資産×3期)
・貸借対照表(3期比較)
数式入りで、再計算してもエラー0件。主要な数字のチェックも通りました。
私は、できあがったExcelを申告書の原本と見比べていました。
3期分のうち、いちばん新しい期の通信費。
Excelでは19,949円。原本では20,030円。
81円、合いません。
このとき私が言ったことが、記録に残っています。
「銀行さんは1円でも許さないよ」
この一言で、Claudeは目を覚ましました。確かにそのとおりですね、と。
そこから犯人捜しになりました。
通信費は「逆算」で出した値でした。経費の合計から、ほかの23科目を引いた残り。つまり、ほかの科目のどれかが読み間違っていれば、そのズレは全部通信費に吸収されます。
Claudeは経費の科目を並べて、「±81円で、末尾の桁の入れ替えが成立する科目」を探しました。
見つかりました。損害保険料です。
読み取った値は 254,790円。原本は 254,709円。
末尾の「90」と「09」が入れ替わっていました。差は、ちょうど81円。
これで終わりにせず、3期分の全72項目を、原本と1つずつ照合し直しました。
1期目は問題なし。2期目は1箇所を原本で確認。3期目は上の2箇所を直して、完成です。
合計が合っていても、個別の数字が正しいとは限らない。
逆算した値は必ず原本と照合すること。ズレが9の倍数なら、桁の入れ替えを疑うこと。
その日のうちに、手順書へ追記しました。
次の案件からは、機械が先回りして疑ってくれます。
つまり、この案件で起きた失敗が、そのまま道具になったということです。

余談ですが、この完成したExcelを私がうっかり古い版で上書きしてしまい、Claudeが会話の記録から丸ごと作り直す一幕もありました。
データになった決算書で、できること
手元に、3期比較のExcelが残りました。
売上と経費の3年の動きが、1枚で見えます。数字には検算の跡がついていて、どこまで確かめたかが分かります。
この3期比較は、そのまま来年の計画づくりの土台になり、次の作業に進むことになりました。
紙の決算書は、読んで終わりでした。
データになった決算書は、次の仕事の材料になります。
手元で眠っている紙の決算書は、材料の山かもしれません。

次回
81円を追いかける。72項目を照合し直す。
やりすぎに見えるかもしれません。
でも、この数字はこのあと経営の判断に使うものです。だから疑ってかかります。
次は、この仕組みの設計の部分を、もう少し詳しく掘り下げて話そうと思います。
※登場する事業者は、守秘のため業種を変えています。数字とやりとりは実物です。
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