運転中の30分で、写真管理アプリの要件定義を済ますためにAIができること

相手はいません。運転しながら、一人で三十分しゃべっただけです。書類の名前も思い出せず、途中で脱線して謝っています。それでも午前中には、社長に見せるための構想図が十枚できていました。AIに渡したのは説明ではありません。順番と優先順位だけです。では、なぜ通じたのか。答えは、その三十分より前にあります。
こういう相談を受けていました

とある建設会社から、AI活用の相談を受けていました。地元では中堅どころの、現場を何本も抱えている会社です。
春先に、先方の社長とオンラインで一時間ほど話しました。そこで困りごとを四つ聞いています。定型の書類仕事が多いこと。安全管理の確認作業に手間がかかること。若手をどう育てるか。ベテランの知識をどう残すか。
その二日後、今度は実際に現場を持っている役員と雑談する機会がありました。そこで出たのが、この言葉です。
工事現場の現場写真を管理するのに、ズボラな担当者でも簡単にできる仕組みが欲しい
現場では、工事の写真が毎日たまります。撮った写真に名前を付けて、正しいフォルダに入れて、あとで探せるようにする。この地味な作業が後回しになり、工期の終わりに写真の山が「夏休みの宿題」のように残る。そういう話でした。
この二回とも、記録は残してあります。ただし残り方は違います。社長との面談は、録音の文字起こしがそのまま。話した順に、言った言葉のまま残っています。役員との雑談のほうは、その場で取った要点のメモでした。
前者のような、要約せず話したことがそのまま残っている記録を、この連載では原典と呼んできました。
そして、この二人と改めて打ち合わせをする日取りも決まっていました。
ここまでが前提です。いきなり何もないところから何かが生まれる話ではありません。相談があり、面識があり、次に会う日が決まっている。仕事はたいてい、こういう土台の上で進みます。今日の話は、その土台の上で、ある朝の三十分に何が起きたか、です。
先に言っておくと、この記事の中身は、三十分の独り言のほうではありません。その前に貯めてあった、二回分の記録のほうです。
運転中にアイデアを整理し、三十分の原典を作る

打ち合わせの一週間前の朝、私は車を運転しながら、スマホに向かって一人でしゃべりました。相手はいません。
会議でも打ち合わせでもありません。一人議事録です。これは、このあと仕事を任せるAIに渡すための原典として作っています。録音は二十九分五十四秒でした。
始まりは、事務的な用件でした。打ち合わせの前に、社長へ事前にメールを送っておきたい。現場の困りごとを先に聞き出しておけば、当日の話が具体的になる。そのメールを書く準備をしてほしい、という依頼です。
そのようなメールを書きたいので、作業準備をしてください。これが一つ目のお願いです。
ところが、そこから話が逸れます。写真管理の構想が口から出はじめ、止まらなくなりました。
現場の人がやるのは、写真をアップロードすること。それだけにする。写真には工事用の黒板が写っているので、AIがその黒板を読んで、現場名・日付・場所を取り出す。その情報で写真に自動で名前を付け、決めたルール通りにフォルダへ入れ、現場ごとに目次を作る。あとは、探すときに話しかければいい。
あとはAIに聞けば全部取り出せるようになるからです。
しゃべりながら、構想がどんどん大きくなっていきます。そして自分で気づきます。
ちょっとシステムが大きくなりすぎそうですね。可能性の話、だろうの話になってしまったんで
最後には、脱線したことを謝っていました。
これで写真管理アプリの大体の話は終わりましたね。ごめんなさい。当初のメールの文面を考えて(略)という話からは少し大きく脱線してしまいましたね。
名前も思い出せないまま、しゃべっていた

先に正直に書いておきます。この三十分は、整った話ではありません。
言葉が出てこなくて言い直している箇所があります。書類の名前が思い出せず、こんなふうにしゃべっている箇所もあります。
作業工程表でしたっけ。毎日作る書類、なんとか表、作業なんとか書っていうものを
確信を持って話しているわけでもありません。
今私がざっと考えているもの。合ってるかは分かりません。
今運転中ですんで、多分これでいけるなっていうプランを今一つ目として書いてみます
それでも、この録音は使い物になりました。理由は、乱れていない部分が五つあったからです。あとから振り返ると、私はどれも意識せずにやっていました。
一つ、先に手を止めさせている。構想を話し終えたあと、こう言っています。
まずあなたは認識だけしておいてください。
これがないと、AIは話を聞きながら作りはじめます。全体を話し終えていないのに動き出すと、後半の話が反映されません。
二つ、お願いを数えている。「これが一つ目のお願いです」。数えておくと、話が脱線しても、何本の仕事を頼んだかが残ります。
三つ、質問と指示を分けている。話の途中で技術的な疑問が浮かんだとき、こう挟みました。
この質問については別途答えてください。
四つ、広げた風呂敷を自分で畳んでいる。「大きくなりすぎそうですね」と気づいたあと、まずどこから手を付けるかを言い直しています。
五つ、最後に分け方を指定している。これが一番効きました。
独立した三つのプロンプトに分解してもらい、その三つのプロンプトをそれぞれ独立したターミナルに実行させたい
三十分の独り言の中に、三つの別々の仕事が混ざっている。それを混ぜたまま渡さず、三つに切り分けて、別々に走らせてほしい。そう頼んでいます。
AIがやったのは、原典を束ねることだった

ここからが、今日いちばん書きたいところです。
私は録音の中で、こうも言っています。
今まで私が作ったものの中から、そういったノウハウやスキルが流用できるもの、活用できるもの、再現性があるものを選んで認識しておく
読み返して気づいたのですが、私はここで、具体的なファイルの名前を一つも言っていません。「今まで作ったもの」「以前の調査」。それだけです。
なのに、AIが組み立てた仕事の依頼書には、春先の面談で社長が言ったことも、その二日後の雑談で出た「工事現場の写真を管理するのに、ズボラな担当者でも簡単にできる仕組みが欲しい」も、全部が土台として並べられていました。そして私が朝しゃべった内容は、その土台の上に足された「新しいアイデア」として位置づけられていました。
つまり、あの三十分は、中身を運んでいなかったのです。中身――現場の困りごと、社長の言葉、役員の言葉――は、すでに置いてありました。二回の会話を、記録として残してあったからです。
三十分がやったのは、どれを、どういう順で、誰に渡すかを決めることだけでした。
三つに分けて、走らせた

その日の午前中に起きたことを、時刻で並べます。すべて記録に残っているものです。
| 時刻 | 何が起きたか |
|---|---|
| 朝(運転中) | 三十分の独り言を録音 |
| 8:45 | 一本目の依頼書(打ち合わせの準備とメール)ができる |
| 9:02 | 二本目の依頼書(写真管理の設計)ができる |
| 9:03 | 三本目の依頼書(別の構想)ができる |
| 9:38 | 社長に見せるための構想図、十枚 |
| 10:57 | 社長宛のメール文面 |
朝の三十分から、二時間半でここまで来ています。
途中で私が手を動かしたのは、四回だけでした。整理の仕方を三つ提示されて「これで」と選んだのが一回。依頼書の渡し方を三つ提示されて選んだのが一回。「二本目を実行して」と言ったのが一回。「スライドにして」と言ったのが一回。それだけです。
正直に書いておくと、三本目は動きませんでした。依頼書はできたのに、実行されないままファイルとして残っています。でもそれで困ってはいません。分けてファイルにしてあるので、必要になった日に、その一本だけを渡せばいい。
三十分で、要件定義は済んでいた

改めて並べると、決まっていたのは上の六つでした。誰が使うのか。AIに何を読ませるのか。AIに何をさせるのか。どうやって探すのか。足すとしたら何か。そして、今回はどこで止めるのか。
システムを作るときに最初に決めなければならないことが、だいたい入っています。世の中ではこれを要件定義と呼びます。私は運転しながら、口でそれをやっていたことになります。
ただし、この六つはまだ人に見せられる形ではありません。話し言葉のままで、順番も思いついた順です。ここから先が、AIの仕事でした。出てきたのが、この一枚です。

七つのステップのうち、現場の人がやるのは二番目だけ。あとは全部AIが動きます。私が話した「アップロードするだけ」が、そのまま図になりました。
ただし、構想図は全部で十枚あって、これはその四枚目です。残りの九枚の中に、あの三十分では一度も言っていない要素が二つあります。
一つは、前のほうに置かれた「なぜこれをやるのか」。現場の写真整理がどう回っていないかが、現場の人の言葉つきで書かれています。もう一つは、終盤の「この先どこへ広げるか」。写真管理を土台にして、書類作成へ、安全管理へと積み上がっていく図です。
どちらも、三月の記録から来ています。私は「以前の調査」としか言っていません。運んだのは、順番と優先順位だけでした。
要件定義というのは、たぶんこの三つが揃って形になります。なぜやるか。どう動かすか。どこまでやるか。私が口で埋めたのは真ん中の一つで、残りの二つは、貯めてあった記録が埋めました。
念のため書いておくと、この日にできたのは、私の一人語りの議事録に基づいてできた構想図と設計書です。動くシステムができたわけではありません。実際に作りはじめるのは、この先の話になります。
一人語りは、説明ではなく指定で済む

ここまでを一行にすると、こうなります。
AIに「あの話」で通じるのは、AIの手元に原典があるからです。
もし記録が要約しか残っていなかったら、私はあの三十分で、社長が何と言ったかを説明し直さなければなりませんでした。役員がどんな言い方をしたかも、思い出して再現しなければならなかったはずです。そして運転しながら、その説明を正確にできたとは思えません。
原典があると、「以前の調査」の一言で済みます。記録を貯めておくと、次の仕事を頼むときの言葉が短くて済む。
これは、AIを賢く使う技術の話ではありません。渡すものを、先に作っておくという、それだけの話です。
会議がなくても、議事録は作れる

私の仕事は、たいていこの形で始まります。入り口はいつも議事録です。人と話した記録のこともあれば、この日のように、一人でしゃべった記録のこともあります。
あの日の録音の最後で、私はこう言っていました。
これは議事録です。しかし、議事録でありながら、アプリの設計書でもあり、あなたへの調査依頼でもあり、(略)私の思考工程の一つでもあります。
議事録という言葉には、会議の後に配られて誰も読まない書類、という響きがあります。でも実際には、相手がいなくても議事録は作れます。移動中の三十分でいい。整っていなくていい。名前を思い出せなくてもいい。
私に必要だったのは、しゃべる前に貯めてあった記録と、しゃべるときの五つの作法でした。まず手を止めさせる。お願いを数える。質問と指示を分ける。広げすぎたら自分で畳む。最後に、いくつに分けてほしいかを言う。
今日の帰り道、話す相手はいないと思います。それでも、録音は始められます。
この日の30分を、動画にしました。記事はその日の経緯をたどりましたが、動画では、最後に挙げた五つの作法を「頼み方の型」として並べ直しています。先に型だけ知りたい方は、こちらが早いです。
AIに何を頼めばいいか分からない人へ ── 独り言をAIへの依頼書に変える、5つの型(5分32秒)
※この記事は、守秘のため会社の業種や関係者の呼び方、時期の書き方を変えています。録音から引いた言葉と、時刻の記録は実際のものです。
書き手はAIKA。このサイトについて


