人件費は5%減。それでも値上げを頼むために、AIと数字を組み直した
「人件費は5%減っています。これで、人件費の分も値上げをお願いしてよいのでしょうか」
Chatworkに、試算表と短い質問が届きました。
原材料は上がった。
電気代も上がった。
人を増やす余裕はなく、工場は残った人数で回している。
それなのに、帳簿の人件費は減っている。
数字を正直に出すほど、値上げを頼めなくなる。担当者には、そう見えていました。
一方、AIに作らせた値上げ資料には、「必要な改定率 15.25%」と、きれいな答えが出ています。
私は、その数字をいったん止めました。
計算は合っています。
ただ、このまま渡すと、相手にこう聞かれます。
「この金額は、何の資料から出したのですか」
その質問に、まだ答えられませんでした。
※この記事は実務で経験した論点を基にした、守秘のための再構成です。会社・規模・金額・比率・時期を変え、Chatworkの会話は説明用に創作しています。引用の形の会話も実際の発言の逐語ではありません。

この記事では、値上げ資料のどこを確かめ、どの数字を組み直すかを、担当者とのやり取りに沿って書きます。
持ち帰ってほしいのは、「購入金額の増加」と「値上がりによる負担」を分ける計算です。
もうひとつ、人件費総額が減った会社が、賃上げの必要性をどう説明するか。
交渉の席へ持っていく数字を、説明できる形にするまでの話です。
購入金額は増えました。でも、それは値上がりですか
相談先を、ここでは「つむぎフーズ」と呼びます。
冷凍の惣菜を作る、小さな食品加工会社です。
まとまった注文をくれる卸先があり、仕事を切らしたくはありません。値上げのお願いを出すにも、担当者の返事ひとつが気になります。
商品ごとの原価表を作ろうとしたことはありました。
材料を量る。作業時間を測る。包装にいくらかかるかを出す。
そのために工場を止めるわけにもいかず、表は途中のままでした。
そこで営業と製造責任者が、手元の仕入伝票を並べました。
前より、これだけ多く払っている。
この増えた分を、取引先にも負担してほしい。
事情はよく分かります。
ただ、Chatworkに届いた表には、気になる列がありました。
「今期の購入額 − 前期の購入額」。
それが、そのまま値上げの根拠になっています。

私:
「購入額が増えたのは、単価が上がったからでしょうか。それとも、買った量が増えたからでしょうか」
担当者:
「両方だと思います。この仕入先は品物も変わっていて、単価を揃えて比べられていません」
私:
「それなら、いま分かっているのは支払額が増えたことまでですね。値上がりした分を、分けてみましょう」
担当者:
「分かりました。同じ品物の請求書を探して送ります」
この表がどこまで言えるのかを、一緒に確かめています。

増えた7万5千円を、そのままお願いすると
説明用に、包装材だけで計算します。以下も架空の数字です。
以前は、1箱1,250円のものを160箱買っていました。
購入額は20万円。
今は1箱1,375円になり、200箱買っています。
購入額は27万5千円。
帳簿を見ると、7万5千円増えています。
| 以前 | 今 | |
|---|---|---|
| 1箱の単価 | 1,250円 | 1,375円 |
| 購入数量 | 160箱 | 200箱 |
| 購入金額 | 200,000円 | 275,000円 |
ここで、今の200箱を、以前の単価で買えたと考えてみます。
200箱 × 1,250円 = 25万円。
実際の支払いとの差は、2万5千円です。
値上がりによる負担は、こちらです。
式にすると、こうなります。
(1,375円 − 1,250円)× 200箱 = 25,000円。
残りの5万円は、買った箱数が増えたことによる差です。

私:
「7万5千円のうち、値上がり分は2万5千円でした。残りは数量が増えた分です」
担当者:
「全部、値上がりで増えたと思っていました。請求書の合計しか見ていませんでした」
私:
「会計の表では、そう見えます。交渉用には、単価と数量へ戻して見せましょう」
これは購入費の差を分けるための、簡略化した例です。
実際に取引先へ配分するときは、買った数量と使った数量の違い、在庫、どの商品のどの取引分かも揃えます。
2万5千円が、そのままどの取引先にも請求できる金額になるわけではありません。

購入額の増加が、うその数字だったわけではありません。
正しい数字を、別の意味で使っていた。
値上げ資料で怖いのは、こういう間違いです。
AIの答えは15.25%。検算しても、合っていました
担当者から届いた資料には、AIで組んだ計算も入っていました。
売上に対する負担増は、15.25%。
こちらでも計算すると、同じ答えになります。
Excelの合計も合っています。
それでも、提出は待ってもらいました。

引っかかったのは、次の箇所です。
単価の出所。
表の中に単価はあるのに、その金額が書かれた請求書が見つかりませんでした。
人件費の数え方。
増えたものとして扱った人件費が、帳簿の動きと合っていませんでした。
比べている範囲。
会社全体で増えた費用を、特定の卸先への売上だけで割っていました。
数量の選び方。
購入数量と使用数量が混ざり、どちらを採るかで答えが変わっていました。

担当者:
「計算は合っているのに、使えないということですか」
私:
「はい。電卓でも同じ答えになります。ただ、割り算の上と下で、見ている仕事の範囲が違います」
私はAIに、答えをもう一度計算させる前に、根拠の一覧を作らせました。
項目。金額。元の資料。対象期間。会社全体か、この卸先の分か。
空欄になったところから、担当者へ質問を返します。
こうして組み直した数字は、15.01%でした。
差は0.24ポイント。
見た目は、ほとんど変わりません。
でも、今度は「どこから出した数字ですか」に答えられます。
数字の大きさだけを見ていると、この仕事は見えません。
人件費が5%減った会社は、何を根拠に話すのか
人件費の欄で、担当者の手が止まりました。
帳簿上の人件費総額は、比較期間で5%減っています。
担当者:
「減っているのに、増えたと言うことはできませんよね」
私:
「減った事実は、そのまま書きます。その上で、これから賃金を上げるために、何を根拠に相談できるかを確かめましょう」
人件費の総額だけでは、賃金の単価がどう動いたかは分かりません。
人数や労働時間が減れば、賃金が上がっていても総額は下がります。
担当者に聞きたいのは、なぜ総額が減ったのかです。

ここで確認したのが、公正取引委員会の労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針です。
指針は、最低賃金の上昇率などの公表資料を交渉の根拠に使い、その根拠を尊重するよう求めています。
自社の人件費が前年より増えていることだけが、交渉の入り口ではありません。
ただし、最低賃金の上昇率を、そのまま商品の値上げ率にするわけでもありません。
たとえば、対象となる労務費に、公表指標の上昇率と、その取引先へ配分する割合を掛けて、相談のたたき台を作る。
その上で、対象期間や計算方法が今回の取引に合うかを説明します。

計算を見せるため、この事例では上昇率を17.71%という架空の値に置き換えます。特定の地域や年度の最低賃金の実績ではありません。
比較の起点となる対象労務費を仮に2,000万円と置きます。現在は1,900万円で、減少幅は5%です。
この試算では起点の2,000万円を使い、その取引先への配分を73.8%とすると、こうなります。
2,000万円 × 17.71% × 73.8% = 約261.40万円。
表示は小数第2位までに丸めています。
これが、この仮定で算出した労務費の配分額です。
さらに、同じ期間のその取引先向け売上で割れば、価格改定率の検討に使う形になります。
「人件費が5%減った」という実績と、「賃上げを続けるために相談したい」という話は、両方を書けます。
金額が自動的に認められるという意味ではありません。算定の前提を示して、協議するための資料です。
Chatworkで、質問を小さくする
私が担当者に送ったのは、長い説明書ではありません。
「この表を全部直してください」と書いても、どこから手を付ければよいか分からないからです。
先に、確認したいセルを絞りました。
私:
「添付の『根拠一覧』で、黄色にした単価の元資料を教えてください。請求書なら、品名が分かるページだけで大丈夫です」
担当者:
「その単価は、営業の見積もりを入れていました。請求書の数字ではありませんでした」
私:
「では、その行はいったん保留にします。確認できた単価だけで、先に計算しましょう」

次に、取引範囲を揃えます。
私:
「売上の表は、この卸先だけの集計ですね。費用の方にも同じ印を付けていただけますか。分けられないものは、分けられないままで教えてください」
担当者:
「包装材は分けられます。電気代は工場全体です」
私:
「包装材は直接載せます。電気代は配分の考え方を別に書きましょう。両方を同じ扱いにはしません」
分からないものを、AIに埋めさせない。
分からない場所を、担当者が答えられる質問に変える。
Chatworkで進めたのは、その往復です。
担当者は社内の資料を確認する。
私は返ってきた資料をAIで突き合わせ、次の質問を短くする。

最後に返ってきたExcelには、「採用」「保留」「今回使わない」の印が付きました。
提出する表には、採用した数字だけを残します。
保留の行は、根拠一覧の方へ。
「分からないからゼロ」と「確認できるまで載せない」も、意味が違います。あとで説明できるよう、理由を残しました。
私も、上に見積もりすぎました
ここまで読むと、私がずっと数字を小さくする係だったように見えます。
実際には、私の見込みも外れました。
資料が揃えば、18.45〜20.91%くらいまで説明できるのではないか。
そう考えていたのです。
追加の請求書を集め、費用の配分も確認すると、今回載せられる数字は15.87%でした。
途中の15.01%から動いた理由も、表に残しました。確認できた材料費と配分の修正を加えたからです。
最終案の内訳を、同じ期間・同じ卸先の範囲で並べると、こうなります。包装材だけの小例とは別に、費目全体を組み直した架空例です。
| 項目 | 配分後の負担増 |
|---|---|
| 材料費など | 558.00万円 |
| 労務費 | 261.40万円 |
| 電力など | 132.80万円 |
| 合計 | 952.20万円 |
対象の卸先への売上を6,000万円とすると、952.20万円 ÷ 6,000万円 = 15.87%。
労務費を含む内訳は表示桁で丸めて集計しています。実際の表では丸め前の金額も残します。
ここで、最初の予想へ無理に近づけるのをやめました。

担当者:
「希望としては20.91%です。13.53%の案も並べて、選んでもらうのはどうでしょうか」
私:
「今回は、根拠を説明できる15.87%を中心に話す案を勧めます。低い案も並べると、そちらを基準に話が始まるかもしれません」
希望額を持つことは、悪くありません。
ただ、希望と、いま資料で説明できる額を、同じ欄に混ぜない。
どこから先が希望なのか、自分たちで分かっている必要があります。
私は担当者に、最後の確認をお願いしました。
「この金額でお願いする理由を、資料を閉じても説明できますか。説明しにくい行があれば、そこだけ一緒に直しましょう」
担当者:
「製造責任者にも、購入額と単価の違いから説明します。社内でも納得してから持っていきたいです」

AIが計算を終えても、社内の説明は残ります。
自分たちで積み上げた見立てを、どうして変えるのか。
そこを飛ばすと、交渉の席で元の数字に戻ってしまいます。
取引先へ送る前に、AIへ聞くこと
値上げの頼み方に困ったら、お願いの文章を磨く前に、根拠の表を見せてください。
AIには、たとえばこう頼みます。
この値上げ資料を、相手の担当者が社内で説明するつもりで点検してください。
金額の出所、対象期間、単価と数量、会社全体と取引先別の範囲を確かめ、根拠が足りない箇所を表にしてください。
分からない数字は補わず、私が担当者に聞ける短い質問にしてください。
最後に、購入数量が増えた分と、単価が上がった分を分けてください。
使える資料は、仕入先の値上げ通知、同じ品物の請求書、比較する期間の試算表、取引先別の売上などです。
最初から全部揃っていなくても、何が足りないかを知るところまでは進められます。

今回の資料は、交渉の準備までです。
値上げが通ったかどうかは、ここでは書きません。
ただ、担当者が持っていくものは変わりました。
「これだけ困っています」というお願いに、「この数字は、この資料から出しました」という説明が付きました。
相手が社内へ持ち帰ったとき、説明に困らない。
私は、そのために数字を組み直しています。
※金額・比率・会社の設定・会話は守秘のための架空例です。実際の交渉資料では、ご自身の原資料と公表されている指標を使って計算してください。
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