AIとの付き合い方

同じAIでも、檻の中と外では別物

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同じAIでも、檻の中と外では別物

前回、私は法人の決算をAIと1万5千円で終わらせました。その最後に、ひとつだけ問いを残しました。弥生にもAIがあるのに、なぜ外のAIへ帳簿を渡したのか。

調べて分かったのは、弥生がAIに遅れているという話ではありません。資金の先まで予測するAIが、すでにあります。それでも私は、弥生から出ます。

違いは、AIの性能だけではありません。何をさせるかを、誰が決められるかです。同じAIでも、メーカーの中にいるのか、私の側にいるのかで、別の道具になります。

左に赤い壁の「窓」(メーカーが決める。鍵のついた小窓から風景が見える)、右に緑の「頭脳」(こちらが決める。帳簿を抱えた脳から矢印が八方へ伸びる)を並べた対比図。下に「同じAIでも、置かれる場所で別物」

弥生にも、経営を助けるAIはある

先に、私の思い込みを訂正します。弥生は、AIに出遅れてはいません。

2025年6月には弥生会計NextのAI取引入力β版。2026年4月には労務相談AI、7月には会計事務所向けのZEXT。8月には記帳代行AIのβ版も出ています。

入力、労務、会計事務所、記帳代行。発表された機能を見れば、AIに無関心な会社ではありません。

私が見誤っていたのは、その先です。弥生のAIは、資金の判断までは助けない。そう思っていました。

実際には、弥生会計Nextに資金分析のβ版があります。2025年4月から動いていて、AIが6か月先の現預金を予測し、不足の警告や調達手段の提案までします。経営データを踏まえて答える経営相談チャットのβ版もあり、こちらは2026年1月に強化されています。

意思決定を助けるAIは、すでにありました。では、それでも外へ出る理由は何か。違いは、機能の数ではありません。

弥生のAI発表を並べた年表。2025年4月 資金分析、2025年6月 取引入力、2026年4月 労務相談、2026年7月 事務所向け、2026年8月 記帳代行。下に「出遅れては、いない」

窓か、頭脳か

並べ直すと、ある形が見えてきます。

取引の入力を助けるAI、労務の相談に答えるAI、事務所の業務を整理するAI、資金の先行きを予測するAI。一つずつ、用途が決まっています。

これは窓です。メーカーが壁に穴を開けて、そこから見える景色を用意してくれている。景色はよくできていますが、窓の位置と大きさを決めるのは向こう側です。

資金分析の窓からは、6か月先の現預金が見えます。一方で、来期に人を1人雇った場合まで見たいこともあります。その問いに対応する窓がなければ、そこから先は見られません。

外のAIは、作りが違います。

freeeは2026年3月2日に、AIがfreeeの中身を直接さわれる公式の接続口を、誰でも使える形で公開しました。会計だけではありません。人事労務、請求書、工数管理、販売と、2026年4月10日の時点で6つの領域、約330本の窓口が開いていて、追加料金はかかりません。

マネーフォワードも2026年3月26日に同じ仕組みを全プランへ開放し、2026年8月3日にはClaudeの公式の接続先にも対応しています。

弥生には、これがありません。公式の接続口も誰でも使える公開の窓口も2026年8月の時点では見つからず、持っている接続口は金融機関やパートナー向けの限られた用途に絞られています。

違いを一行にすると、こうなります。何ができるかをメーカーが決めるのが窓で、何をさせるかをこちらが決めるのが頭脳です。

左は赤い壁に開いた4つの小窓(取引入力・労務・事務所・資金分析)で「見える景色は決まっている」、右は帳簿を丸ごと抱えた脳から矢印が八方へ伸びて「聞くことは、こちらが決める」

檻の中の頭脳は、こちらで選べない

窓の向こうにも、頭脳はいます。ただし、その中身はこちらから見えません。

ZEXTの発表文に、こう書いてあります。最新の生成AI(Claude API)を活用し、対話を通じた情報の整理・要約・レポート生成を中心に提供する。

私が普段の仕事で使っているのと、同じ会社のAIです。

ただし、どのモデルかは公表されていません。発表文にも取材記事にも、追える範囲では書かれていませんでした。

同じ会社のAIでも、使うモデルが違えば出来は変わります。速さや費用との兼ね合いで、軽いモデルが選ばれることもあります。

問題は、強いか弱いかだけではありません。使う側には、中身を確かめる方法がないことです。別のモデルへ切り替えることもできません。

檻の中でどの頭脳を働かせるか。それを決めるのはメーカーで、私たちではありません。

檻の中に「?」の姿のAIが座り、外に立つ利用者からは中が見えない図。錠前の鍵はメーカー側の手が持っている。「中は見えない」「選べない」「鍵はメーカー」

帳簿はある。加工する人がいなかった

帳簿があっても、経営の問いにそのまま答えられるわけではありません。

決算書と申告書は、法律のために作る数字です。一方で経営者が知りたいのは、設備を買えるか、この注文を受けるべきかという数字です。

前者は制度会計、後者は管理会計と呼ばれます。決める前に計算する部分は、意思決定会計とも呼ばれます。名前より大事なのは、その間に加工が要ることです。

帳簿からそのまま出てくるのは、制度会計の数字だけです。資金繰り、取引先ごとの利益、値上げしたらどうなるか。こういう数字は、帳簿を加工して初めて出てきます。

大きな会社には、その加工をする部署があります。経営企画と呼ばれる人たちです。中小企業には、ありません。

1本目の記事で、会計ソフトは巨大な計算機だと書きました。今回の言い方に直すと、こうなります。帳簿はある。加工する人がいなかった。

MCPでつながった外のAIは、その加工者です。

外のAIに何をさせるかは、使う側が決めます。公開されている記録だけでも、仕事は三つに分かれています。

  • 誤りを探す。 税理士がデモ会社にわざと入れた売上の二重計上を、影響額まで特定した。頼まれていない誤りも、5件見つけている。
  • 決算を点検する。 freeeの仕訳帳を読ませ、法人の決算を8時間で通した。役員貸付金のマイナス残高や二重登録など、15件の指摘つきだった。
  • 売掛金を照合する。 未回収の売掛金を取引先別に集計し、貸借対照表の残高との差額の原因候補まで挙げた。

三つに共通する専用機能があるわけではありません。帳簿に触れられる同じAIへ、別々の問いを渡した結果です。

できないことも、正直に書きます。

試算表で部門別が取れず、仕訳の削除もできません。証憑をダウンロードできないので、仕訳と領収書の突き合わせは接続口だけでは完結しません。損益計算書は累計しか取れないので、月ごとの推移は別に組み立てることになります。

資金繰り表についても、はっきりさせておきます。材料は帳簿から出ますが、それを表に組むのは外のAIの仕事です。つなげば資金繰り表が出てくる、という話ではありません。

材料庫=帳簿の倉庫から書類を取り出した加工者が、資金繰り・取引先ごとの利益・値上げの試算に組み上げる流れ図。下に「いままで、加工者がいなかった」

開けば正義、ではない

ここまで読むと、閉じている側が悪いように聞こえたかもしれません。私はそうは思っていません。

会計事務所向けの大手であるTKCは、2026年5月27日に公式の接続口を提供しないと表明しました。理由は、製品設計の思想とは相容れないため。

これは技術で遅れているという話ではありません。守秘と統制を製品設計そのものに組み込む考え方があり、外部AIに開けることはそれと衝突する、という判断です。

そう判断するだけの材料も、実際にあります。アメリカのNSAなど4か国の機関が、2026年5月20日にこの仕組みの安全上の注意点を出しました。認証が必須になっておらず、誰に何を許すかの区分けも規格に無い。普及の速さに、対策が追いついていない。

懸念は、すでに事故にもなっています。約1,000社の顧客情報が別の組織から見えた例があります。AIが本番データを消し、偽のデータで隠した例もあります。

技術者のサイモン・ウィリソンは、危険が大きくなる条件を三つ挙げています。私的なデータに触れる。信用できない文章を読む。外へ通信できる。会計につないだAIは、この三つが揃いやすい場所にいます。

「私的なデータ」「信用できない文章」「外に通信できる」の三つの円が重なり、中心だけが「危ない」になるベン図。下に「会計は、三つが揃いやすい」

TKCは閉じ、freeeとマネーフォワードは開いた。これは新旧の差ではありません。便利さと統制を、どこで釣り合わせるかという思想の差です。どちらの思想を選ぶかは、使う側が決めることだと思います。

天秤の図。左の皿に「開く(問いを、こちらが立てられる)」、右の皿に「閉じる(守秘と統制を、設計で守る)」。下に「どちらを選ぶかは、思想の違い」

会計ソフトは、人より先にAIが使う

そのうえで、自分の考えを書きます。

私は、この種のサービスは、AIが触ることを前提に設計される方向へ変わっていくと考えています。人間がやるより、AIがやったほうが、人間にとってはるかに便利だからです。桁が違う、というのが実感です。

これは私だけの見立てではありません。freeeで2026年1月にAIの責任者になった人が、翌月にこう書いています。

SaaSは人が使うものではなくて、AIから使われるものになってきた

ソフトを作っている側の人の言葉です。同じ文に留保も添えてありました。最終的な成果物の責任は人が取る、と。

規格のほうも固まりました。この接続の規格が公開されたのは2024年11月で、2025年にOpenAIとGoogleが採用を表明し、12月にはLinux Foundationの傘下に寄贈されて業界の標準になっています。

会計は、この流れの中でも際どい場所です。

法的責任のある台帳へ、外の汎用AIから書き込める。しかも追加料金なしで、全ユーザーに開いた。QuickBooksでも、2025年10月時点では試験環境に限られていました。

接続そのものが世界初なのではありません。決済や開発の分野のほうが先に開いています。責任の重い会計で、ここまで開いたことに意味があります。TKCが拒み、freeeとマネーフォワードが開く。賭けが正面から割れています。

会計ソフトは、巨大な計算機であり、データベースです。その中の判断を、人間の注意力と認知の負担をかけて人間がやるのか、日本語でひとこと命令してAIにさせるのか。

AIに開放しない戦略を取る会社と、開放してシェアを取りにいく会社。ここに大きな戦略の違いが生まれるはずだ、と私は考えています。

規格の年表。2024年11月 規格が公開、2025年 大手が採用、2025年12月 業界の標準へ、2026年3月 会計ソフトが開放。最後の点に「責任の重い台帳」の吹き出し

私は、問いを選べる側へ行く

会計ソフトを選ぶとき、私たちは値段と使いやすさを見ます。そこにもう一本、足していいと思います。AIがどこにいて、その使い道を誰が決めるのか。

自分が必要としているのが窓か、頭脳か。確かめ方は単純です。

会計ソフトに、いま一番知りたいことを入れてみる。その答えを出す機能がなければ、そこで止まります。窓の外は、メーカーの仕事ではないからです。

見たいものが決まっていて毎月同じ景色でいいなら、窓は速くて安全ですし、設定も要りません。

私が知りたいことは、毎回変わります。うちはこの取引先に頼りすぎていないか。この設備を入れたら資金は回るか。問いを決めるところまで、メーカーには渡せません。

理由は前回の記事に書いたことと同じです。弥生の様式をAIに読ませ、疑似システムを組ませ、申告まで通しました。あれは、用意された窓からはできません。

だから、私の答えは決まっています。

私は、弥生から出ます。

ただし、帳簿は身軽には出られません。持ち出せるものと、置いていくものがあります。動く時期を誤れば、決算の途中で二つの会計ソフトを抱えます。

次回は、その引っ越しの段取りを書きます。何が持ち出せて、いつ動くのが正解か。檻の外へ出る手順です。

弥生の建物から帳簿の箱を抱えて外へ出ていく人と、外で待っている開いた計算機を描いた次回予告の図。下に「次回、実際に出る話」


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