紙の決算書3期分を、AIに読ませてみました ―― 半日かかっていた準備が、30分になった話
経営支援の現場では、こんな場面がよくあります。
顧問先や相談先から、「うちの決算書、見てもらえますか」と束を渡される。開いてみると、紙か、紙をスキャンしただけのPDFです。数字はそこにあるのに、データにはなっていない。画像として、置いてあるだけ。
分析に使うには、まず全部を自分のExcelに打ち直します。3期分なら、損益計算書、貸借対照表、販管費の内訳。地味で、神経を使って、間違えられない。
私はこれに、いつも半日かけていました。
今は、30分です。
何が変わったのか。先日の一件を、手順のまま書きます。
昔のやり方 ―― 半日の正体
紙を前にした私の手は、ずっと同じ動きをしていました。
数字を一つずつ打ち込む。紙と画面を見比べて検算する。3期を横に並べて、増減の列を組む。そこまでやって、ようやく分析の土台ができあがります。
地味に見えて、ここが一番こわい工程です。経営分析は、土台の数字が1桁ずれていたら、その先の判断が全部狂うからです。だから慎重になる。慎重になるほど、遅くなる。
そして一番こたえるのは、丸半日かけても、まだ「分析」に一歩も入れていないことでした。準備で力尽きて、本番はこれから。これが長いあいだの悩みでした。
今のやり方 ―― 段取りを決め、検算を重ねて、30分
先日、あるハンバーガーショップの決算書を、3期分まとめて見ることになりました。仮に「マルマルハンバーガー株式会社」としておきます。届いたのは、やはり紙のスキャンPDFです。
最初にやったのは、いきなり読ませることではありません。段取りを決めることでした。何が問題で、何を確かめながら進めて、最後に何を出すのか。これを先に言葉にしておかないと、速い道具ほど、速く間違えるからです。
そのうえで、AIに読ませ始めました。
途中で、一度止めています。AIは画像を1枚ずつ目で追おうとしたので、やり方を変えさせました。「そのやり方は遅い。画像認識のAPIで一気に読ませて」。道具をどう使うかは、使う側が決める。任せきりにはしません。
進め方も、一度に全部はやらせませんでした。まず1期分だけ作らせて、合っているか確かめる。それから次へ進む。ステップを刻んで、確かめてから、次。地味ですが、これが効きます。
そして、検算。よく心配されるとおり、AIは数字を読み間違えます。だから私は、読ませて終わりにせず、むしろ前より検算を増やしました。
重ねたのは、3つです。
- AI自身に検算させる ―― 各合計が、内訳の足し算と合うかを計算で確かめさせる
- 別のAIに読み直させる ―― 同じ紙をもう一度読ませ、最初の結果と1つずつ突き合わせる
- 私が目隠しで読み上げる ―― 機械の結果を見ないまま、紙だけを見て数字を声に出し、あとでぶつける
3つめは、人間くさくて気に入っています。このときも私は紙を読み上げながら、「資産の合計」と「純資産の合計」を言い間違えて、自分で言い直しました。人も間違える。だから機械と人、両方の目で押さえます。
検算が、はっきり仕事をした瞬間がありました。
償却明細の科目を、一つずつ足してみる。すると、紙に印字された合計と、2万円だけ合いません。1円も合わないなら、どこかの転記漏れ。でも、きっかり2万円。こういうズレ方は、たいてい1桁の読み違いです。
犯人はすぐ見つかりました。ある設備の金額を、AIが「52万7,951円」と読んでいた。正しくは「54万7,951円」。そのページだけスキャンが90度回転していて、解像度も低く、数字がつぶれていたのです。人間でも見間違える1桁でした。
最後にもう一度、画像をきれいに読めるAIと、理屈の整合を見るAIに突き合わせて、「印字の合計が正しく、内訳の1項目が誤読」と決着させました。
こうして、3期が横に並び、合計の検算まで通ったExcelが、8枚のシートになって、30分ほどで手元に残りました。ここから、やっと本番です。
この章のまとめ:速くなったのは、省いたからではありません。段取りを決め、検算を3つに増やしたから、安心して速く進めた。それが30分の中身です。
空いた半日で、何をするか
データにするのは、目的ではありません。空いた時間で経営を読むことが、目的です。
3期分の決算書に、POSレジ(Airレジ)の売上データを重ねます。決算書だけだと年単位の粗い絵しか描けませんが、レジの日々の数字を足すと、1年が月の波として見えてきます。
正直に言っておくと、問題点がポンと出てくるわけではありません。あちこち並べ替えて、首をかしげて、また並べ替える。今回も、そうやって少しずつ近づきました。
最初に引っかかったのは、利益でした。売上はそこそこ保っているのに、利益が痩せている。3期の原価率を並べると、じりじり上がっている。食材の値上がりが、そのまま利益を削っていました。
「ならメニューを値上げすればいい」。そう即断しないのが、大事なところです。POSの客単価を見ると、ほぼ横ばいでした。原価は上がっているのに、売値はほとんど動いていない。値上げが怖くて手をつけられず、その遅れが、そっくり利益の目減りになっていたのです。
次に、月の波。レジデータを月ごとに並べると、夏、とくに8月に客足が大きく落ちます。猛暑で、人が出ない。年によっては、この夏の谷が、一年の成績を引きずり下ろしていました。
ただ、数字だけでは「なぜ」までは分かりません。そこで、社長に聞きます。すると、数年前の話が出てくる。近くにできた店、人の入れ替わり。数字が「どこ」を指し、社長が「なぜ」を埋める。この往復で、絵がようやく立体になりました。
行き着いた結論は、拍子抜けするほどシンプルでした。商品は悪くない。届いていないだけ。これは、決算書を眺めるだけでも、社長と話すだけでも出てこない。数字と現場を往復して、初めて言える一言でした。
この章のまとめ:数字は「どこが問題か」を指す。「なぜ」を埋めるのは社長。AIではなく、この往復が分析の本体です。
AIと一緒に読む。その先で、人がやること
ここで「AIが単純作業をやって、人が大事なことをやる」とまとめると、少しズレます。
実際の感覚は、もっと一緒に読んでいるに近い。私が段取りを決め、やり方を一度正し、ステップを刻ませ、検算をぶつける。その横でAIは、猛烈な速さで読み、写し、足し算を検め、並べ替えていく。お互いの間違いを、お互いが捕まえる。私が言い間違えれば機械が、機械が読み違えれば私が。一人で電卓を叩いていた頃は、ここまで粘れませんでした。
その協働の先に、人にしか残らない仕事が、二つあります。
ひとつは、打ち手を決めること。夏に落ちるなら、暑い時期に来てもらう理由をどう作るか。値上げが遅れているなら、どのメニューから、いくら、どう上げるか。数字は「どこが問題か」までは教えてくれる。でも「で、どうするか」は、その店を知る人間が決めるしかありません。
もうひとつは、社長が決断できる言葉に翻訳すること。たぶん、ここが経営支援のいちばんの値打ちです。「原価率が上がっています」と表を見せるだけでは、社長は動けない。「夏の谷が来る前に、この数品を、これだけ上げましょう。理由はこうです」。そこまで噛み砕いて、はじめて支援になります。
AIは、その手前までを猛烈に速くしてくれる。読む。検算する。並べ替える。問いに即答する。おかげで私は、いちばん頭を使うべき場所に、体力を残せるようになりました。「なぜ」と「打ち手」と「伝え方」です。
紙の決算書を前に半日溶かしていた頃、私は準備で疲れて、本番が雑になっていました。今は、逆です。
もしあなたが、顧客や自社の紙の決算書を前に、ため息をついているなら。一度、「読ませて」みてください。たぶん、いちばん変わるのは作業の速さではありません。頭を使う場所が、変わることです。
次回・後半では、この「読ませて検算する仕組み」を実際にどう作ったか ―― Claude Codeで決算書OCRをどう組んだか ―― を書きます。
決算書のデータ化で「うちはここで詰まる」という場面があれば、コメントで教えてください。次の記事の参考にします。
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